長さは 約50386 字です。
ある日、セレスティアが一人の男の子を産んだ。
彼はハキアマーダー界で唯一、性別が男性の神。
姉達は彼に興味津々で、男の子の顔を覗き込んだ。
後に男の子は『ディオス』と名付けられた。
シエルトハイダの住人は下界とは異なり、彼以外は全員女性である。
小さい頃は何とも思っていなく仲良く過ごしていたものの、ある程度歳を重ねて成長すると、
どこを見てもたわわな姉達しかいないから視線に困るし、自分だけ特別扱いされている気がする。
これ以降は一人の時間を好むようになった。
彼がシエルトハイダに生まれてから、神々や下界に住む民達の生活が豊かになった。
シエルトハイダでは道具を使って野菜や果物の世話が以前よりも楽になったし、下界では民達が武器を使って狩りなどをするようになった。
が、良かったのはここまで。
少数の民が、武器を同じ世界に住む民達に向けて争うようになった。
民を傷つけて食べ物や衣服などを奪い取ったり、中には殺害まで至ることも。
ファンドラスは、自分の子孫たちがディオスが齎したもので傷つけられるようになったのを見て、彼を嫌うようになった。
彼は構わず新しい武器を創造する。
彼がこうすれば下界の民達の生活の質の向上するんじゃないかと提案してもファンドラスは反対する。
他の神々は自分だけ性別が違うからと特別扱いだし、何もしていないのにファンドラスは何故か嫌う。
今までずっと思っていても口には出さず気にしないようにしていたが、それも限界がある。
自分はずっと大好きな武器を創っているだけで他の事は何もしていないのに、何故か姉達は当たり前のように子供を拵えている。
でも1人だけ違うみたいだが。
気疲れし、居心地が悪くなっていった。
ある日、いつものように武器を創っているとファンドラスがいつものようにつっかかってきた。
こちらに指を指し、睨みつけて、武器を作るのをやめろと訴える。
創っていた剣の柄を強く握り、俯いて歯を食いしばる。
自分は何もしていない!
ただ居るだけ!!
なのに…
もう限界だ!!!
「何もしてないのにいつもいつも…
うるさいんだよ!!!」
彼は突然走り出し、フッと姿を消した。
彼はアウスルングを飛び出すと、一人で居るのに丁度良さそうな小さな惑星を見つけた。
ここなら邪魔されない!
彼はその惑星に降り立ち、小さな家を作ってそこで武器の創造に熱中した。
ずっと夢中になっていると、どんどん新たな武器が増えていく。
自分だけだと武器の管理が大変なので、使いを作ることにした。
それで、完成したのは人型のような何か。
身長は自分の脛くらいしかないが、武器の1つくらいは持ち運びができる。
その小さな彼女が反抗するような素振りを見せれば一部を壊して作り直した。
身長がどんどん伸び、自分より少し小さいくらいまで成長した。
言葉遣いも丁寧になり、一部を壊して作り直すを繰り返して学んだのか、あれから反抗する様子は無い。
邪魔だだの、性別がどうのこうのだの、ファンドラスや他の姉達のような事は一言も言うことがなく、とても従順である。
彼女のような者こそ、彼の理想だった。
ディオスが家出して数週間が経った頃、
シエルトハイダで彼の姿を見かけなくなり心配している者が2人いた。
その内の一人であるケラヴノスは、姉妹達に彼の行方を聞いて回っていた。
彼も大切な家族の1人だ。
彼が家出した日から数日の間は他にも心配する者がいたが、
今は誰も心配せず、いつも通りのほほんと暮らしている。
家族の1人の行方がわからなくなっているのに、何故誰も心配しないんだ?
聞いて回っているうちに、やっと違う回答をする者と当たった。
ディオスを嫌っていたファンドラスだ。
ケラヴノスが彼が何処に行ったのかを聞くと、
突然走り出して消えたんだ と。
回答を貰っても、意味が分からなかった。
いくら自分の子孫達が〜だのと言っても、生きている限り、苦悩や騒乱は避けられない。
彼は直接そのような悪事を働いている訳ではなく、ただこの世界に必要なものを齎した、私たちと同じく大事な存在だ、
彼ではなくそれらを働く民が原因なんだと、ケラヴノスはファンドラスに指摘した。
図星を指されたファンドラスは
「喧しい!!!どっかに行け!!!」
と そっぽを向き、ケラヴノスに強く言い放った。
ケラヴノスは少し驚いた後、残念そうな顔でその場を去っていった。
相手は先輩なのに、つい声を荒らげ、無礼な態度をとってしまった…
ケラヴノスは下を向きながらとぼとぼと歩いていた。
ファンドラスはある程度成長してからずっと、
大きなお腹を抱えて、この世界の為に頑張っている。
私達は一度で済んでいるが、
ファンドラスはその役目故に、ストレスを感じているのだろう…
それでも、私は悪い事を言った気はしていない。
事実を言っただけだ。
だが、少し刺激してしまったか…
彼女の子供に影響が無ければいいのだが…。
ファンドラスに聞いてみてもいまいち彼の行方が分からず。
そうだ、母さんに聞いてみればよかったか!
ケラヴノスは久遠の間へ行き、弟がどこに行ったのかを尋ねた。
すると母は、一つ外側に行った と教えてくれた。
外側!?どういう事だ!?
驚くケラヴノスに母は、
外側には宇宙の様な空間があり、そこに一つの小さい惑星が浮いている。彼はそこにいる と。
母によると、一つ外に出ても問題は無いらしい。
外側、か…
行ってみるしかないか…
ずっとシエルトハイダに居たケラヴノスは、外の世界を見るのはこれが初めて。
すると母が言っていた通り、遠くに小さな惑星が見える。
ケラヴノスは灰色の地に降り立つ。
シエルトハイダとは大違いだ。
少し歩くと建物のようなものが見える。
近づくと、扉の横で異様な姿の金髪の女性のようなものが立っている。
魔力は感じるが、命を感じない。
命が、無い?どういう事だ?
その金髪の女性はケラヴノスを見ると薄く微笑み、中へ入れてくれた。
敵対する様子は無い。
なら、いっか。
建物内に入ると、またも異様な光景を目にする。
数え切れない程沢山の武器のようなものが床に置かれ、壁に立てかけられている。
奥の方に視線をやると、武器を創っているディオスが見えた。
「おーいディオス!久しぶりだな!」
ケラヴノスは笑顔でディオスに駆け寄る。
「いつの間に!?なんでここが分かったんだよ!」
ディオスは創造に夢中になっていてケラヴノスに一切気がついていなかった。
仲が良い姉達の内の1人が遊びに来てくれて、ディオスは思わず笑みが溢れた。
ケラヴノスは変わった椅子に腰をかけると、ディオスに事情を聞いた。
「そうなのか…
辛い思いをさせてしまったな。
お前が言いたかった事は私が言っておいた。
あいつは図星を突かれて拗ねたぞ♪
少し申し訳ない気もしたが…」
するとディオスはケラヴノスに抱きついた。
強く瞑った彼の目には涙が溢れ、零れそうになっていた。
ディオスはケラヴノスを抱くのをやめて少しして落ち着くと、あることをしてほしいとケラヴノスに頼み込んだ。
武器を創ったはいいものの、自分だと使い心地や客観的な意見が聞けない。
彼女は”あの子”と同じく、彼が生まれるよりも前から武器のようなものを既に持っていて、
武器の扱いも”あの子”と同じく神々の中では長けているし、丁度良い。
ディオスは槍のようなものをケラヴノスに手渡した。
振るうと刃から雷を放つ雷槍らしい。
ケラヴノスは早速外に出て試しに振るう。
すると彼が言っていた通り、槍は雷を放った。
が、ケラヴノスが槍を振るっていた様子を見て、ディオスは驚いた。
自分が振るった時よりも倍以上、放つ雷の量や威力が増していた と。
頼んで正解だった!
ディオスは少し顎に手を当て、考え込む。
少しするとケラヴノスを見てもう一つ頼み込んだ。
「”あの子”も連れてきてくれ!」
彼の頼み込むその瞳は、とても輝いていた。
ケラヴノスはシエルトハイダへ戻り、あの子を探して見つけると、
「私と来てほしい所があるんだ!」と、ニコニコしながら女の子の手を軽く引っ張った。
女の子はキョトンとしている。
ケラヴノスは女の子を連れてディオスの家へ連れてきた。
建物内に入った女の子は、ケラヴノスと同じ反応をしている。
「すごーい!なにこれー!」
ディオスと同じく、この子も武器が大好き。
目を輝かせて沢山の並んだ武器を眺める。
「連れてきてくれたんだね!」
ディオスが女の子とケラヴノスへ歩み寄ると、女の子はやっと彼の存在に気がついた。
「え、久しぶりじゃん!!!
なんでこんな辺鄙なとこにいるの?」
と聞きながら武器を眺める女の子を見て、
ディオスは笑みが止まらない。
ファンドラスや他の神々と違って一切差別せず、平等に扱ってくれる仲の良い2人が来てくれたから。
あと、拒否せず協力的だから!
自身が生まれる前から彼女が強力な双剣を使う事を知っていた。
なぜ、自分が居なくても強力な武器を所有できるんだ?
その疑問も解消したいが、
彼は前に創っておいた双剣を彼女に渡し、試しに使ってみてほしいと頼んだ。
彼女はいつもの双剣と違う武器を握るのはこれが初めて。
女の子は進んで剣の柄を握り、振り回した。
そうそう、それだ、それが見たかったんだ!
ディオスは女の子の剣技に圧倒された。
文句一つ言わず、華麗にブンブン振り回している。
使い心地は…聞くまでもなさそうだ。
ディオスは武器を振り回す彼女達を見て、何かを思いついた。
「もっと武器を使える者たちを連れてきてほしい!
ただ、誰でも良いという訳ではなく…」
ディオスは条件付きで武器を扱える者たちを惑星へ呼んだ。
少しずつ人数が増えていく。
人が増えていく度に、家や惑星は現在のままだと狭いだろうと感じ、拡張するようになった。
寝室、食堂、武器庫…
招かれた者たちによって拡張されていった。
ある者が、武器を扱えるだけでなく作るのも得意な者を呼んでもいいのでは無いかとディオスに尋ねた。
悪くない…
第三者の意見や技術を取り入れれば、もっと素晴らしい武器ができるかもしれない!
ディオスや招かれた者達は組織を作り、その組織の者達で全く新しい武器を作るようになった。
武器…というか、ディオスの技術も活かした全く新しい”兵器”だ。
魂が無いのにも関わらず、グリューンの者達のように自然に振る舞うあの金髪の女性のようなものを参考にした。
乗り物のようにしてもいいが、やはり彼女のような人型が一番良いだろう。
機動力だけでなく、膂力も人やモンスターを大きく超え、普通に拳で殴打させるだけで分厚い金属を貫く。
聴力や視覚、嗅覚も桁違い。
普通に武器を持たせても良いが、腕自体が武器に変形するのも、今までに無く新しく、武器の管理も楽になる。
ディオスはその者達を『ゾルダーアンドロイド』と名付け、
ソルダーアンドロイドよりも優れた者達は『ガーダアンドロイド』と呼んだ。
あれからも、惑星の者達は建物や惑星を拡張し続けた。
1番最初にディオスに強力してくれたというケラヴノスが住める部屋を作った。
2番目にこの惑星にやってきた女の子はケラヴノスの部屋で過ごすとのこと。
それだけでなくディオスは、
グリューンを纏めるリーダーが欲しいと、面倒見がいいケラヴノスに頼んだ。
ケラヴノスはディオスの願いを受け入れ、総長となった。
ケラヴノスは団長らの指揮を執り、団長らは団員を纏める。
ケラヴノスが総長に就任してからは、今まで以上に団員の管理が楽になった。
ディオスはそれを活かして、今まで以上に武器創りに熱中した。
熱中するがあまり、気がつけば自分と同じ気配をすぐ隣から感じる。
ふと隣に視線をやると、もう一人の自分と目が合った。
もう一人の自分も武器を創っていた。
(こいつの武器、弱そうだな…)
互いが互いの武器を見て、そう思った。
視線を武器から、もう一人の自分の目へと移す。
目が合うとムッと睨みあい、互いの悪口を言い合った。
喧嘩が過熱すると、互いが持っていた武器を振り回し始めた。
柄が折れ、刃が欠け…
手を止めて互いの目を睨み合うと、もう一人の自分は強く床を踏みつけながら勢いよく扉を閉め、建物から出ていった。
ディオスがこうしている間にも勧誘は進み、
ついにはアウスルングを超え、エーアスト内のあらゆる惑星から武器を扱える者達を呼び始めた。
アウスルングの民は耳が尖っている者が大半を占めるが、異界からも招き始めた結果、耳が丸い者もやってきた。
その2人は過去にも沢山戦闘を経験しており、凄い経歴の持ち主でもある。
素晴らしい…
自分だけだったのがまるで嘘みたいだ。
そういえば、あいつは今どうしているんだろう。
惑星の者達にもう一人の自分を探して欲しいとお願いしたが、すぐに場所を特定した。
この惑星『グリューン』からそう遠くない場所に新たに惑星ができており、もう一人のディオスはそこに居て、その惑星の名は『ロートッサ』と言う と。
惑星の規模や技術はグリューンと同等らしい。
団員達によって建物と惑星の拡張が進む。
だが、拡張しすぎるとかえってあらゆるものの管理が大変になる。
そろそろ手狭になってきたか…
ディオスは新たに惑星を作ることにした。
その惑星はここよりも倍以上大きい。
団員達だけでなくあの仲の良い2人も呼べば、尚良いだろう。
惑星の創造に賛成する者達を連れて、ディオス達は少し離れた所に大きな惑星を創った。
これなら、武器を創るなら十分すぎるだろう。
ディオスは武器専門で他の創造はできないが、思ったよりも簡単だった。
女の子はまるで絵を描くかのようにスラスラと惑星を創造し、
ディオスはその出来に感激した。
新しく創造した惑星を『レツェノイル』と名付け、此処でも武器を創造することにした。
だが、今の人数だと少し少ない。
そこでディオスはロートッサに住む者達をこっそり勧誘した。
ロートッサの者達は幸いにも協力的だ。
ディオス達はロートッサの者達とまた新しく組織を作り、沢山の武器や兵器を創っていった。
もう一人のディオスは、ロートッサの者達によってレツェノイルの存在を知った。
こちらの許可無く、勝手にロートッサの者達と手を組んでいると知り、もう一人のディオスはカッとなり、
戦士たちをかき集め、グリューンへ向かわせた。
グリューンの者達は異変に気付く。
ロートッサの者達がこちらに向かっている と。
レツェノイルとあの組織の存在に気がつき、無許可で創っているとキレて、戦士たちに襲わせようと向かわせたのだろう。
ディオスはこれまでに招いてきた戦士たちを呼び集め、グリューンに配置した。
すると予想通り、襲いかかってきた。
このような大きな戦闘は初めてだ。
互いの勢力の戦士たちは武器を振るって戦う。
彼方此方で刃を交える音と銃声が聞こえる。
薙ぎ倒しては薙ぎ倒される、互角の戦い。
…のように見えた。あの2人が出るまでは。
ケラヴノスと女の子がロートッサの戦士たちを次々と薙ぎ倒していく。
雷はロートッサの戦士達に直撃し、地面を焼き焦がす。
女の子は風の如く、軽快にロートッサの戦士達の間を走り抜け、斬り刻む。
瞬く間に、起きているロートッサの戦士達は居なくなった。
ある戦士は血を流し、あるアンドロイドは破壊され、倒れている。
この光景を遠くから見ていたもう一人のディオスは慌てて戦場に駆け寄り、激しく戸惑った。
ロートッサが勝つと確信していたからだ。
こっちは問題無いはずだ。
「お前らのせいだ!
お前ら2人だけで俺等の団員を殲滅なんて…勝負にならない!!!」
ロートッサのディオスは憤怒の表情で、ケラヴノスと女の子を指差す。
「私達はお前らが襲ってきたから防衛する為に戦っただけだ
よく見てみろ」
ケラヴノスは自身の体と女の子を指差す。
ケラヴノスと女の子の2人とも、ヘクスレブラ社製の装備と武器を身につけている。
ただ力が強大で身体能力が高いだけだ。
ロートッサのディオスはそれを見てハッとした。
「…こっちの負けだ。」
「レツェノイルの創造もロンボジオンの設立も、
お前んとこの幹部を含めた両者が合意の上で行ったんだ
お前の許可は取っていなかったそうだが。」
ロートッサのディオスはケラヴノスから詳しく事情を聞いた。
それぞれの惑星上での武器・兵器開発が厳しくなっているのは、ロートッサの団長達や幹部との通信で既に分かっていて、その上で行ったんだ と。
ロートッサ側が報連相を怠っていたからだ と。
ロートッサのディオスはそれを聞いて深く自省した。
レツェノイルの創造の件もロンボジオンの設立の件も、最終的には同意した。
総長はロートッサのディオスを見た後、女の子の方に視線をやる。
…こいつと来たら、パッと見は普通の女の子なのに戦闘能力がとんでもない。
遥か上空を高速で飛び回る戦闘機を魔法で的確に撃ち抜き爆破しながら、地上を目にも留まらぬ速さで駆け抜け、辛そうな表情一つせず敵団を無双する。
グリューンの団長らよりも倍以上優れた戦闘能力。
それだけでなく、鳥のような姿にも普通に変身する。
時折、何者なんだと思い耽る。
そういえば、あの子はまだ”アレ”を持っていなかったっけな…
奴らに聞いてみるか…
翌日、女の子は髪の毛をボサボサにしてベッドから起き上がり、カフェラテを淹れて朝ごはんを食べている。
…よし。
「なあ、お前にプレゼントがあるんだ」
ケラヴノスは笑みを浮かべ、右手を後ろに隠している。
「ん〜?」
女の子はトーストを咀嚼しながらケラヴノスの方を見る。
すると、ケラヴノスの右手に金の六角形のバッジが乗っている。
「えっ、こんなん貰っちゃっていいの?」
女の子はバッジを受け取り、ケラヴノスの顔を見る。
「ああ!
それ、通信機能が付いているんだ。
服の適当なとこに付けとけばいつでも私と通信できるぞ」
「へー」
(あれ、ゼージスってうちの正体知ってたっけ?
まあ、いっか!なんかラッキー♪)
バッジを眺める女の子をケラヴノスは笑みを浮かべながら眺めていた。
(それだけじゃないんだよな〜♪)
ケラヴノスには、金のバッジよりも楽しみにしている事がある。
奴らに”お願い”してから数日が経った。
どれくらいまで進んでるかな?
女の子には適当にそれっぽく理由をつけて基地から出て、確認しに行くことにした。
ケラヴノスはヘクスレブラ本社のとある場所へ足を運んだ。
数人が手元から魔方陣を展開し、人型の何かを取り囲んでいる。
腹部や腕、足のような部分から配線のようなものが沢山見える。
何処に何をやっているのかはわからんが、創っているのはわかる。
あと数日待てば”躯体”が完成するそうだ。
楽しみだ。早くあの子に見せたい。
女の子がベッドの上でゴロゴロしながら、退屈そうにしている。
ケラヴノスが女の子にあげる”お祝い”のスイーツたちを抱えて部屋に帰宅し、バレないように冷蔵庫へ入れる。
するとケラヴノスはニコニコしながら
「なあ、今暇か?
お前に見せたいものがあるんだ!」
「んぇ〜、なにぃ〜?」
ケラヴノスは女の子の右腕を引っ張って、リディスの診療所へ向かう。
(えっ、何すんの!?)
女の子は青ざめ怯えるが、ケラヴノスは笑顔だ。
「連れて来たぞー」
「あらっ、健康そうで良かったわ♪
2週間前からずっと、あなたに渡すプレゼントを用意していたの。
さ、この躯体よ!」
リディスが笑顔で躯体の方に手をやる。
そこには、黒髪の女の子のような躯体が目を瞑り、仰向けで横たわっていた。
「!?!?」
女の子は驚き戸惑う。
「この子もあなたなのよ。」
リディスが意味不明な事を言うと女の子は更に混乱する。
「どどど、どういうこと!?」
「お前にプレゼントだ。
アンドロイドにもなってみたかったんだろう?」
「えっ…!?」
ケラヴノスは暇な時に、外の景色が一望できるカフェへ女の子を連れて行く事が度々あった。
女の子はいつも窓際の席に座り、
外には数体のソルダーアンドロイド達がおり、カップケーキを食べていた手を止めて、アンドロイド達が腕を武器に変形させて力比べをしている姿を眺めている
…ように、ケラヴノスは見えた。
武器が全般大好きなのもあり、女の子がアンドロイドに憧れているんじゃないかと思ったケラヴノスは、
ヘクスレブラの者達にこの事を説明すると、女の子の新たな躯体の製造依頼を笑顔で快く受けてくれた。
「ーんでこれが、完成したアンドロイドのお前だ
最新の機能が搭載されている
お前ならそれらも上手く使いこなせるだろうと思ってな
どうだ?一先ず、アンドロイドになってくれないか?」
憧れの存在を目の前にした女の子は赤面する。
女の子は横たわる黒髪の女の子に近づき、右腕前腕の肌にそっと手を触れた。
全てがイチから創られた人工の体なのに、本物の人間のようなリアルな感触。
ふにふにしていて柔らかくて、ひんやりしている。
もう1人の自分に触れている女の子を見る総長とリディス。
この子が起きている姿を見た者はまだ誰もいない。
瞳はどんな色をしているのだろう。
動き出したら、どんな感じなのだろう。
女の子を静かに見守る総長だが、心の中ではずっとソワソワしていて落ち着かない。
「アンドロイドになる方法なんだけど、隣の台にこの子と同じく仰向けで横になって眠ってくれればOKよ」
「え?
それって、どういう…?」
「いつも夜にベッドで横になって寝るのと同じ感覚で大丈夫だ」
「ほ…本当に…?
し、死んだりしない?
意識はどうなるの…?」
女の子を未知の恐怖が襲う。
声が震え、目は涙で潤んでいる。
「な、泣かなくても大丈夫だ!
いつもの寝る感じでいいんだ!
死ぬわけじゃない!」
総長が女の子を泣きやませると、
女の子は隣の台にゆっくりと乗る。
これから夢に見た憧れのものになれるというのに、
夢が叶うというのに、
緊張しているのだろうか。
台に手をつけて乗っかる。
両腕は小刻みに震えている。
台に乗り、黒髪の女の子と同じく仰向けになる。
不安だ、怖い…
どうなっちゃうんだ?
意識は?体の感覚は?
緊張する…。女の子は怯えつつも目を瞑る。
「大丈夫よ〜
ちょっとだけぐっすり眠るだけだから♪」
リディスは女の子の顔を伺うと、手で優しく頬を撫ぜる。
リディスの手が柔らかくて温かい。
不思議だ。何故か全身の力が抜けて眠くなる。
「じゃ、目を瞑って。
リラックスよ。リラ〜ックス♪」
女の子は目を瞑る。
するとすぐ近くで何かしらの機械が動いているのが音でわかる。
何かが自分を包み込む。
周囲の音が遮断され、小さな空間に自分の呼吸音だけが小さく反響する。
意識が すぅ と、遠のいていく…
「まま〜みてみて〜!すごいでしょ〜!」
「なんなんだよ…もう!厭だ…ぐすっ…」
「もう…無理だ…、傷が……痛い…………力…が………」
「………んんぅ…」
少しだけ、寝てた気がする。
どれくらい寝てたんだ?
女の子は目をゆっくりと開け、のっそりと起き上がる。
「おおぉ!!!
見てみろ!アンドロイドになったぞ!!!」
「ん〜…」
起き上がった女の子が一番最初に変化に気づいたのは、足の爪だ。
吃驚した女の子はよく見ようと足を手で近づける。
すると手の爪も真っ黒だった!
「え!?
爪が黒いよ!?!?病気!?!?!?」
爪を見ていると、髪の毛がチラチラと視界に映る。
少し短くて黒く、内側だけ赤い。
「あれっ、髪の毛が!!!」
「アッハハハハ!!!」
ケラヴノスは体の変化に戸惑う女の子を見て笑いが止まらない。
さっきまでずっと閉じたままだった瞳は、烈火のような紅い色だった。
まあ、爪と髪の色でカラーリングは予想がついていたが。
「鏡は此処だ」
ケラヴノスは鏡がある所に行って手招きし、女の子を誘う。
そこで女の子は、初めて自分の全身を見た。
ぱっつんの艶のある黒い髪。
燃える炎のような真っ赤な瞳で、キリッとつり上がった目。
尖った耳。
艶々した黒い爪。
横で仰向けになって目を瞑っていた女の子へと、姿が変わっていた。
「えーーーーーー!!!!凄い!!!!
本当にアンドロイドになってる!!!!」
「うふふ♪
こっちも見てみて♪」
今度はリディスが手招きし女の子を呼ぶ。
リディスが指を指す。
ポッドだ。
中を覗いてみると、いつもの自分が今度はさっきの黒髪の女の子のように静かに目を閉じているではないか!
「うちが寝てるよ〜!?!?」
「アハハハハハ!」
念願のアンドロイドになり、寝ている自分をこの目で見る。
今までで感じたことがない気持ちだ。
ケラヴノスも、心の中で描いていた理想が現実となり、
女の子へ躯体をプレゼントしたいという願いが叶い、満面の笑みで心から笑った。
女の子は興奮が止まらない。
「で、えーっと、そうだそうだ、
ちなみに、その姿には名前があるんだ」
「へっ、そうなの?なんて言うの?」
「『ラゼル・ヴァ・ローゼン』って言うのよ。
不屈で、強くなって欲しいと願ってつけられたの。」
「へぇ〜…」
女の子はアンドロイドになった自分を見つめ、頬を赤らめる。
また一つ、自分の姿と名前が増えた。
リディスは棚へ歩き何かをごそごそと探し、
それを取り出すと両腕で抱え、ラゼルへ渡した。
「はい、これが貴方の服よ!」
リディスは、意思が宿り誕生したアンドロイドには必ずこれを行う。
病衣のような仮の装を着ていたラゼルへ、そのアンドロイド専用の服装を手渡した。
「それはここだけで着るものだから、ここ以外で活動する時はそれに着替えるようにしてね」
「はーい」
リディスは1人用の更衣室へラゼルを案内する。
ラゼルはスリッパを脱ぐと更衣室へ入り、手渡された自分専用の服へ着替える。
貰った服を両手で広げる。
短パンもトップスも、自分と同じカラーリングだ。
服を着替えてスリッパを履き、更衣室を出る。
「「おおー!」」
ケラヴノスとリディスは、着替えたラゼルを見て喜び声を出す。
「だが、一部だけおかしいな?」
「え?」
ラゼルは服を着替えたのにケラヴノスの一言で困惑する。
ケラヴノスは足を見ている。
「もしかして、スリッパのこと?」
「そうだ。
服はそれだけじゃなくて靴も含むんだ」
「え?でも靴は渡されてないよ?」
体はアンドロイドになったが、心は変わらないまま。
ラゼルは、着替えたのに一部が足りないと言われ困り果てると、目が涙で潤んだ。
「ご、ごめんな!
泣かせたいわけじゃないんだ!
実は、靴はもうお前の中にあるんだぞ」
「えっ?」
ラゼルの涙がピタッと止まる。
「でも、どうすればいいの?
体のどっかがクローゼットみたいになってるの?
どっか開く?」
と言うと、ラゼルは自分の体の彼方此方を見て何かを探し始める。
「靴を履くのは、あなたが普段手元から剣を出すのと同じ感じの筈よ。」
「え!?魔力形成なの!?」
頭が良いんだか、悪いんだか、
心が弱いんだか、強いんだか…
リディスの助言を聞いてからは早かった。
ラゼルは片足を浮かせると、靴を魔力形成して履いた。
片足だけ履くと、もう片足も同じく魔力形成で靴を履く。
「おお、流石だな!
でもまだ足りない部分があるんだぞ」
「えー?
もう、そういうのはさっさと言ってよ〜」
ラゼルは靴を履けて嬉しそうだが、まだ足りないと言われて軽く苛つき、不満そうに眉間に皺を寄せる。
「今度はどこが足りないの〜?」
「足りないのはあと2つなんだが、今はその内の1つを教えるよ。
今できる所で足りないのは、うd」
「あ!そうか!腕の武器だ!!!」
ラゼルは、アンドロイドになりたいと思った一番の願いを、食い気味に目を輝かせて言った。
「あははっ!そうだったな。
でも腕の武器も今度だな。」
「え〜」
「実は、腕と脚に身につけられるものがあるんだ。
『スパイナルディフェイザー』って知ってるか?」
ケラヴノスは、割と最近に新たに開発された拡張装備の名を出した。
それは、体の骨や筋肉、体幹を補強し強化するもの。
身につけるだけで絶壁もスラスラと登ることができる程。
だがそれは万人に通用するものではないし、
アンドロイドがそれを身に着けても、防御力が上がるだけで意味はほぼ無いが。
「本当はスパイナルディフェイザーを身につけて使うには訓練する必要があるんだが…
お前なら訓練なんて必要ないよな?
それも魔力形成だ。やってみてくれ。」
「んー…」
ラゼルは両腕を伸ばすと、腕に身につけられそうな何かをイメージする。
すると、上腕と右大腿に黒い輪っかが、左腕と左脚には耐刃耐弾スーツが魔力形成して現れた。
「おおお!!
今度こそ揃ったな!おめでとう!」
「よかったわね!」
ケラヴノスとリディスは笑顔で拍手する。
「これで本当に全部?」
「ええ、今身につけられるものはそれで全部よ」
「教えてない残りの1つと腕の武器は、その体に慣れたらだな。」
ケラヴノスはラゼルを連れて診療所から出て、扉の取手に手をかける。
「世話になったな」
「うふふ♪
今度、その体の感想聞かせてね♪」
リディスは診療所の中から笑みを浮かべて片手を振る。
それを見てラゼルも笑顔で手を振り返す。
「わーい!アンドロイドになれたー!!」
女の子は夢が半分叶って幸せそうだ。
「じゃあ、部屋に戻ろうか。
お前に誕生祝いのスイーツがあるぞ。」
「やったー!」
ラゼルはとても嬉しそうだ。
上機嫌にスキップしながら、ケラヴノスの部屋へと帰っていった。
部屋へ帰ると、ラゼルはテーブル横のクッションへ腰を下ろす。
「よいしょっと、
わーいスイーツ♪スイーツ♪」
総長はキッチンへ行き、前に教えてもらったやり方で紅茶を淹れる。
(大丈夫…大丈夫…
前淹れた時、アラリスからOKを貰ったんだ…
大丈夫だ…)
女の子のマグカップにお湯とティーパックを入れ、数分待つ。
ティーパックを取り出し、マグカップの取手を握って女の子の元へ。
「はい、紅茶だ」
「おー、味は平気なの?」
「教わった通りに淹れた筈だから大丈夫だ
メインを持ってくるな」
「わーい!」
総長は冷蔵庫の所へ行き、ショートケーキとマカロンを取り出してテーブルに置いた。
「やったー!ケーキとマカロンだー!」
「さ、どうぞ♪
ラゼルの誕生日、おめでとう!」
「わーい!」
ラゼルは紅茶を少し啜って口の中を潤す。
アンドロイドの体で初めて味を感じた。
いつもと同じの、変わらない風味だった。
マグカップを置くとラゼルはケーキに手を伸ばし、
フォークを右手で握って一口分取ると、ケーキを頬張った。
イチゴとピスタチオの2種類のマカロンが皿の上に置いてある。
ラゼルは片方のピスタチオを手に取ると、口の中へ入れて頬張る。
美味しそうに食べるラゼルを総長は眺めている。
今日は、女の子がまた一歩進んで、一つ成長した日になった。
ケーキとマカロンと紅茶が、少しずつラゼルの口の中へと姿を消してゆく。
総長はそれをじっくりと眺め、愉悦に浸った。
「ふ〜…ごちそうさま!
おいしかったよ!」
「味はどうだった?」
「他の体と変わらないよ?」
「それはよかった。」
総長は女の子の言い方に少し引っ掛かった。
が、その違和感は少し経つと消えていった。
「これから1週間はその体で過ごしてほしい。
なにか少しでも違和感があったらすぐに教えてくれ」
「わかったー」
「残りの教えてない1つも腕の武器も、1週間問題無く過ごせたら教えてやるよ
空腹も眠気も感じれないと思うけど、
元の体に戻った時を考えてきちんといつも通り食事も睡眠もとってくれ」
「うん!楽しみだなー
早く変形してみたいなー」
誕生祝いのスイーツを食べ終わった後もいつも通り過ごす女の子。
本当は、ディスプレイとオアーエヴァンデバイスと武器の使い方も早く教えたい。
けど我慢だ。
それは1週間後の楽しみにとっておこう。
夕食後のお風呂もベッドに入るのもいつも通りに行う。
「どうだ、寝れそうか?」
「んー…とりあえず寝ようとしてみる…」
目を瞑り、布団をかぶってもぐるラゼルを見守る総長。
それから数分経った頃だろうか。
ラゼルから寝息が聞こえてきた。
きちんといつものように寝付けたみたいだ。
その後も普段通り過ごすラゼル。
3日経ったある日、ラゼルが総長を大声で呼んだ。
「ねえねえ!これ何!?
なんか出てきたんだけど!」
ラゼルはソファに座っており、ラゼルの正面には赤いディスプレイが出現している。
「おお!
まだディスプレイの使い方教えてないのに出せたんだな」
「ディスプレイ?
それってラムちゃんが普段使ってるあの半透明の水色のやつ?」
女の子は普段から、食堂にあるスペースで椅子に座りディスプレイをいじっているところを何度も見かけていた。
ラムに何をしているのか聞いても、
「うふふ〜♪
何を見てると思いますか?」
と楽しそうに返してくれるが、詳細は教えてくれない。
正面に浮いていても何も見れないアレだ。
「ディスプレイには何か出てるか?
詳しくは言わなくていい」
「うん、うちが見たいと思ってたのが丁度映ってるよ
ラムちゃんのはいつもなんにも見えないのに、
今このディスプレイだときちんと内容見えてるよ?
ナニコレ?」
内容が見れるのは使用してる本人だけ。
わかりやすく言えば、覗き見や情報漏洩の防止の為。
閲覧している内容は本社でリアルタイムで監視されており、怪しい動きをしていたら即座に総長へ通報され、そのアンドロイドは厳しい処罰をされる。
総長は、ディスプレイの使い方や仕様をラゼルに教える。
「まあ、お前なら反抗なんてしないと思うから平気だと思うけどな」
「へー
じゃあさ、◯◯を見ても処罰ってされるの?」
ラゼルの口から突然飛び出したおシモティックなワードに、ケラヴノスは思わず吹き出す。
「まあ、あまり過度にイカれてるものじゃ無ければ…多分。」
「ほーん…」
(ディスプレイを出すのも、魔力形成と同じ感覚かな?)
すると次の瞬間、もう1つディスプレイが現れた。
「増えたよ!?」
又しても、一切教えていないのにディスプレイを操作するラゼル。
ディスプレイについては、もう教える必要は無さそうだ。
ラゼルが誕生してから5日たった。
問題は無さそうだが念の為、きちんと1週間が経過するのを待とうと言うケラヴノス。
腕が武器に変形できるようになる日は近いと、
今のうちにトレーニングをする習慣をつけさせたい。
総長はラゼルに初めてのトレーニングをしようと誘った。
ラゼルは総長の後についていく。
いつもの部屋や食堂がある生活棟を出ると、別の大きな建物が視界に入る。
総長についていくと、沢山のアンドロイド達がトレーニングをしていた。
パッと見はあまり普通のジムと変わらなそうだが、いくつか見慣れない大きな機械や器具がある。
「今日からは、腕が武器に変形しても変わらず戦えるようにトレーニングをしてもらいたい。
毎日必ずという訳ではないが、
暇な時はトレーニングする習慣をつけてくれると私やアンヴェーダみたいな幹部が喜ぶぞ
身体能力と戦闘能力が桁違いに高いお前は特にな」
「ほえ〜…」
ベストとスパイナルディフェイザーと左腕の耐刃耐弾スーツは脱いで、
トップスの左胸に金の六角形のバッジを装着してジムに来たラゼル。
周囲でトレーニングしていた戦士達は、ラゼルの胸に装着されたバッジを見た途端、笑みを浮かべて頭を下げて挨拶をする。
ラゼルはそれがよくわかっていないみたいだが。
総長はラゼルを連れて腕を鍛えるところへ行くと、ダンベルのような器具に指をさす。
「アンドロイドは普段、ここに置いてあるダンベルを使って腕を鍛える。
お前なら…ここらへんとかいけるんじゃないか?」
と、ダンベルを指差し、持ち上げてみてと催促する。
「ん〜、持てるかな…」
自信なさげにダンベルを手に取るラゼル。
「あー、全然行けそうかも」
右手に持ち、上下の運動を繰り返す。
「ちなみにそれ、どのくらいあると思う?」
総長は、ラゼルが握っているダンベルの重さを聞く。
「え〜…1kgとか?」
「残念。それの80000倍だ」
「え、じゃあこれ何キロ?」
「80トンだ。」
「…それネタだよね?」
「本当だ」
「………え?」
総長から聞いた本当の重さに戸惑いを隠せないラゼル。
「80トン?これが!?
ちょちょちょちょっと待って!?!?」
「待て、興奮するならそれを置いてからにしてくれ
こんな所で死者が出ると困る」
「ごっごめんごめん!」
なんでパッと見普通のダンベルが80トンなんだ?
今までの常識が総長のたった一言で覆される。
「80トンってやっぱりネタだよね?」
「本当だ。
ここに置いてあるダンベル全て、アンドロイドじゃないと持てない重さなんだ
さっきのはどうだった?」
「全然いけるよ」
「じゃあ…そうだな…、ここらへんはどうだ?」
総長は、また別のダンベルを指差す。
右手で握って持ち上げてみる。
「おぉ、結構来るね!」
「ちなみにそれは800トンだ
それを持てるアンドロイドはそういない。
絶対に他人に投げるなよ?
アンドロイドは平気でも、
それ以外はペチャンコとかでは済まないからな。」
アンドロイドの身体能力は約550倍。
当然腕力も550倍なアンドロイド達は、普通の人間用の器具だとちっともトレーニングにならない。
アンドロイド専用のトレーニング器具を使用し、アンドロイドの戦士たちは日々トレーニングに励んでいる。
今日は彼女もそれに仲間入りした。
さっきよりもずっしりと重いダンベルを右手でギュッと握る。
ラゼルは、トレーニングは意識して生活習慣の1つにしてくれと総長から指示をされた。
800トンのダンベルを元の場所に置くと、ラゼルはまた新たな夢ができた。
(いつか、アンドロイド1の怪力になってみせるぞ!!!)
その後も特に問題無く過ごして7日目。
1週間の最終日だ。
いつも通り目が覚めてご飯を食べると、ラゼルは早速トレーニング場へ移動する。
6日目の昨日、他のアンドロイド達に他の器具の使い方を教えてもらっていた。
腕だけでなく、体全体を満遍なく鍛える。
機械なので筋肉がつかない分、力がついているのかは分かりづらい。
毎日鍛えていれば、いつかは1000トンも軽々持てるようになるかも…
夢を膨らませながら体を鍛えて、最終日のトレーニングも難なく終了した。
入浴後、いつものようにベッドに入る総長とラゼル。
「体はどうだ?不調は無いか?」
「うん!」
「よかったな。
明日はやっと腕の武器の変形を教わる事ができるな。」
「うん!
むふふ…早く変形してみたいな…」
そう呟くと、ラゼルはすぅと眠りについた。
翌日、総長よりラゼルは少し早く起床した。
ずっと楽しみにしていたのでワクワクして眠れないのもあるが、
どうせなら体を今のうちに動かして温めておくか。
静かに部屋を出て屋外へ行く。
外へ出ると、この惑星に来て一番最初に会ったあの金髪の女性が歩いていた。
「今日は早いですね
どうかされましたか?」
「ううん、少し運動しようかなって!
ちょっと行ってきまーす!」
ラゼルは満面の笑みを女性に向けて片手を大きく振る。
ああ、早く時間経たないかな、楽しみだな!
ワクワクが抑えきれない。
ラゼルは女性に背を向けると、猛スピードで突っ走っていった。
総長や教えてくれるある幹部と、時間を決めて訓練場で待ち合わせしている。
グリューンを何周かしたら部屋に戻って朝ごはん食べとこ!
早くもグリューンを3周するラゼル。
その顔は、口角を上げて満面の笑みを浮かべていた。
剣なのかな?弓なのかな?それとも、銃?
もし剣があるとしたら、片刃かな?
いや、両刃の方が戦うの楽そうだな〜
思いっきりブンブン振り回して斬り刻みたい。
腕の武器で弓は見たこと無いな…
じゃあ、やっぱ銃かな?
連射できる強い銃だったらいいな〜…
グリューンを何周かして歩いてる時、どんな武器なんだろうと妄想していた。
すると、なんだか両腕がすっごくムズムズする。
ラゼルは思わず両方の前腕を両手で摩る。
目と口をギュッと強く閉じる。
落ち着け…!
変形するのは教わった後だ!
自分なら、教わらずに変形できちゃいそう。
だけど武器を初めて見るなら、総長がいる時の方がいい!
前腕のムズムズをなんとか止めると、ラゼルは部屋へ向かった。
総長が部屋で朝食を食べているとラゼルが笑顔で帰ってきた。
「ただいま〜!!」
「朝から元気だな」
「ウッフフ〜!」
起きたらラゼルがいなくなっていて、朝ごはんを食べていたら部屋に帰ってきた。
問題無く1週間過ごせて、今日はついに腕の武器の変形を教わることができる、ずっと楽しみにしていた日。
帰ってきてからもずっとニコニコ笑顔なラゼルを見て、ケラヴノスも思わず釣られて口角が上がる。
朝ごはんを食べ終わって準備が終わると、総長はラゼルを連れて訓練場へ。
ゲートのような所をくぐると、何故か屋内なのに広大な屋外のような空間が広がっている。
この世界の1番大きい闘技場の10倍以上はあるように見える。
周囲をキョロキョロしていると、自分と同じ金のバッジを左胸に付けたお姉さんが訓練場に入ってきた。
「あら、貴方が噂の新米の幹部?
腕の変形の仕方を教えて欲しいって総長に頼まれて来たハイノ・ソリタリアよ。
宜しく。
てか貴方、新米なのに私と同じ金バッジじゃない!
普通の女の子ではないんでしょ?」
総長は、ハイノの言い方に引っ掛かる。
あれ、前も何処かでこの違和感が…
「まあ、いいわ。変形の仕方教えてあげる。
変形する時は、対応してない服を着ている時は袖を上腕まで上げとくのよ。
貴方の左腕のスーツは?」
「対応してるぞ」
「ならいいか。
服を破く心配が無いとわかったら、
こんな風に腕を出して変形させるの」
と言うと、ハイノは右腕を剣に変形させた。
ハイノの不親切極まりない指導にラゼルは、眉間に皺を寄せて口をムッとする。
「それじゃわかんないよー!」
「コイツは幹部にはなったばかりだが、黄金時代の初期からグリューンに居るんだぞ
揶揄うのは程々にした方がいい」
「そ、そうなの!?
それは…失礼な事をしちゃったわね
って言っても、
変形の仕方を教えるのって、言葉にするの難しいのよ…」
困惑の表情をして、剣に変形した腕を元の腕に変形して戻す。
「言葉に出来る範囲で伝えるなら…そうね…
武器をイメージするのよ
もし変形したら、ここはこうなってあそこはこう、
感覚はこう…って感じ…かしら?
というかそもそも、どんな武器に変形できるのか知ってるの?」
「いや、何も伝えてない」
「なのに変形させようとしてる訳?
不親切な総長なのね〜」
「どんな武器になるのか伝えたら面白くない。
何も知らずに初めて変形してこそ、
知ってから変形するよりも倍以上感動を味わえるんだ」
「ふぅ〜ん…」
顰め面を総長に向けるハイノ。
この2人、もしかして仲良くないのか?
ラゼルは思った。
「まあ、あんなのは置いといて、
どんな武器だったらいいなってのも無いの?」
「それは…」
まだどんな武器に変形できるのかを知らないラゼルは、
もし願望を打ち明けた後に変形したら願望と異なる武器だったと、
残念な気持ちになるのが怖くて、言えなかった。
「武器は2つあるぞ
多分、お前が最も望みそうなやつだ」
下を向くラゼルを見た総長は、ヒントを言った。
それを聞いたラゼルは、衝撃を受けた。
走り終わって部屋に向かってる時に妄想してたもの…
もしかして…本当に?
ラゼルは、下を向いていた顔を上げると、瞳を輝かせた。
変形する時、どんな感じなんだろう。
カラーリングはどんな感じなんだろう。
自分は、黒と赤の2色のみ。
じゃあ、武器もそうなのかな?
ラゼルは、願望を思い描きながら右腕を横に広げた。
うちが最も望むもの…
妄想してたあの時、やたらと前腕がムズムズしたな…
そうか、あのムズムズする感覚だ。
うちも…武器に変形して戦いたい!!!
強く意思を抱き、1番望むものを思い描いた。
すると前腕が赤く煌々と輝き、剣へと姿を変えてゆく。
変形し終わり纏っていた光が消えると、
黒い刀身が現れ、エッジから赤い超魔導刃が ヴン と勢いよく出現した。
「おおー!
ヒントがほぼ無いのに変形できたな!」
「凄いじゃない!
私は難しくて苦労したのに」
剣はあの時に思い描いていた、使いやすくて楽だと思った両刃の剣だった。
黒く分厚く重厚で、艶々だ。
刃は赤く、よく見たらキラキラと輝いていて宝石のようだ。
「お前の剣の刃は超魔導刃だ
アホみたいに分厚い金属や鋼も紙みたいに斬り裂ける強力な刃だ。」
願望の1つが現実になり、ラゼルは変形した前腕を見て頬を赤く染めて剣を見つめた。
うっとりしていると少し離れた所から金属のような光沢のある黒い円柱状のものが現れた。
「それで試し斬りしてみてくれ
手加減せず思いっきりだ」
ラゼルは円柱状のものへ歩み寄る。
歩みを止めて剣を振りかぶると、思いっきり円柱のもの目掛けて振るった。
すると其れはザンッと音を鳴らし、真っ二つに分かれた。
「おおおおおお!!!」
二つに分かれた其れを見て、ラゼルは頬を赤く染めて、口角が少し上がった。
初めて変形した剣で、初めて物を斬った瞬間だった。
其れもこの剣と同じくとても重厚なのに、まるで空を切るような感触だった。
其れは二つとなり、分かれた上側は地面へ落下した。
初めて味わうそれは一瞬だったが、
この、なんでも斬れると思える感覚が堪らなく心地良かった。
「おお、超魔導刃もだが、やっぱりお前は凄いな」
ハイノは、其れが真っ二つになったのを見て驚愕した。
「な、なんで真っ二つにできんの!?
普通のソルダーアンドロイドだと思ってたんだけど…」
確かに、体は普通のソルダーアンドロイドだ。
でも、其処に宿る魂に勝るものは何一つとして存在しない。
神をも斬った魂だ。
躯体の能力は、宿る魂や意思の影響を受けて変化する。
ガーダにしかできないことを、当たり前のようにソルダーのラゼルが其れを二つに分断した。
有り得ないものを目の当たりにしたハイノは、ずっと目を真ん丸にして、視線が其れとラゼルを行ったり来たりした。
「ちなみにそれ、何でできてると思うか?」
「え?普通に、鉄…とか?」
「ガミダハルコンだ。
そこら辺の刃物は刃毀れするだけで小さな傷すら一つもつけれない。
ガミダハルコンで出来たアンドロイドをぶった斬るために開発された超魔導刃でも、
普通のソルダーだと少ししかつけれないのが普通だが、それでも十分凄いことなんだぞ
なのにお前はそれを大きく超えたんだ」
前から超魔導刃の威力は凄いと聞いてはいたが、
自分の力が加わると威力は、まさか此処までとは。
「武器はまだあと一つある。
変形してみてくれ」
総長の一言を聞いたラゼルは、剣から元の腕へ変形する。
もう1つの望んでいたもの…
近距離だけじゃなくて、遠距離にも対応してたら便利だと思ってたけど…
もう一つは遠距離攻撃できる武器に賭けて、
今度は腕を正面に向ける。
すると前腕は人の腕から箱のような形へ姿を変えてゆく。
変形が終わると、真ん中が赤く分かれた箱のようなものが現れた。
もし本当に自分の望み通りなら、これは銃の筈。
二つに分かれた其れは復活し、遠い所へ移動した。
(やっぱり!
これ、遠距離攻撃できる武器かもしれない!)
其れが遠くへ行き、望みは確実になった。
ラゼルは遠くにある其れを睨み、銃口を向けると、銃は ドドドドド と弾を放つ。
辺りに大きな銃声が鳴り響き、それと同時に銃口から赤い閃光が放たれる。
弾は赤く輝き、目で追えない凄まじい速度で円柱の其れを目掛け、真っ直ぐ光速で飛んでゆく。
すると弾は其れに当たると同時に、凄まじい爆発を起こした。
其れがあった周囲は広く黒焦げになり、跡形もなく姿を消していた。
「おおおおおお!!
お前は凄いな!流石だ、威力が桁違いだ。
モディノリスの倍以上で驚いた。」
其れが消し飛んだのを見て総長はラゼルに拍手を送った。
ハイノも拍手するが、開いた口は塞がらないまま。
「金より上のプラチナバッジがあればお前に渡してたんだがな!」
総長はラゼルへ歩み寄り、左肩をポンポンと軽く叩く。
ラゼルは右腕を下に降ろして元の腕へ変形すると、総長の顔を見て頬を赤くした。
(私って、ここに居る必要あった?)
自分は苦労したのに、あの黒髪の女の子はいとも簡単に変形してみせた。
まだ武器のトレーニングは一度も積んでいないのにも関わらず、とんでもなく高威力で、とても普通のソルダーとは思えない。
負けず嫌いなハイノは、あっという間に自分を越された気がして、眉間に皺が寄る。
少し不機嫌そうな顔でそっぽを向いていると、その様子に気づいたラゼルが歩いて近づいてきた。
「変形のやり方、教えてくれてありがとうございました!」
ラゼルは足を揃えると、頭をペコッと下げてお辞儀した。
(何よ…
…そういえばこの子、黄金時代の初期から此処を知ってたって総長が言ってたわよね
黄金時代の初期はまだ民が大地に現れたばかりの頃…
もし本当なら、最低でも30億年以上は生きている…
何者なの?)
ハイノは組んでいた腕を降ろして、ラゼルを見る。
本当は悔しいが、普通の女の子じゃないのは確かだ。
嫌な顔は見せず、今伝えられる精一杯の喜びを言葉にしてラゼルに贈った。
「よかったわね、変形できて」
ハイノの言葉を聞く。
数秒するとラゼルは口角を上げ、
「うん!」
嬉しそうに満面の笑みをハイノに向けた。
ハイノはどういう気持ちでラゼルを見ればいいのか分からなくなっていた。
もしかしたら人生の超大先輩かもしれない…
でもあっという間に越されて悔しい…
でもこの子の今後の成長が気になる…
心は複雑な気持ちでいっぱいだった。
「さ、無事に変形できたことだし、明日はまだ教えてない後一つを教えてやろう。
まだ午前中だが、一旦帰るか
お前も、有難うな」
総長はラゼルに話した後、ハイノに歩み寄り感謝の言葉を伝えた。
ハイノは数秒考えた後、総長に一つのお願いをした。
「今度、この子が成長したらタイマンさせて頂戴」
それを聞いたラゼルは、ハイノにニヤッと微笑んだ。
部屋に戻り一息つく2人。
ラゼルはテーブル横のクッションの上に座り、ぼーっとしていた。
総長は暇そうなラゼルの方へ向いた。
「武器はどうだった?
不調は無かったか?」
「うん!最高だったよ!」
「特に問題無くて良かったよ!
お前の武器には名前が付いてるんだ。
剣は 何でも斬り裂くくらい強くなって欲しいから『グライシングレブレイド』、
銃は 一人も一つも残らず殲滅するくらい強くなって欲しいから『アンルグニレイガン』って名前なんだ」
「へーそうなんだ!うっふふ〜♪」
ラゼルは楽しそうに目を細めて頬を赤らめる。
「良い名前だね!
…あのさ、
うち、あんなにデカくて重い剣と銃使うの、初めて。
剣と銃って、どのくらいの重さなの?」
超魔導刃並み又はそれ以上の切れ味を持つアトゥランスでは感じた事が無かった。
ガミダハルコンで出来た大剣を円柱の其れ目掛けて振るったが、
今までに無い ズンと来る重みを感じ、
ハイノとタイマンの約束もしてしまい、圧力と不安を感じていた。
「剣は700半ばくらい。銃は…
この前にお前が持ってすぐ置いた800トンのダンベルより少し重いくらいだ。
普通に撃つだけでなく、打撃にも十分使えるって開発中に話してたな
頑張ってトレーニングしないとな!」
ラゼルは、武器の重さを知って沈黙した。
やっぱり、あのダンベルか!
頑張ってあのダンベルを軽々と持てるようになってやる!!!
強く意気込んだラゼルは立ち上がった。
「トレーニングしてくる!!!」
そう言うとラゼルは勢いよく扉を開けて部屋を出ていった。
トレーニング場へ向かうラゼル。
その胸は強い熱意と希望で溢れていた。
誰よりも、もっともっと強くなりたい!
ハイノには…負けたくない!!
神が民に負けるなんて、赤っ恥はかきたくない!
女の子は生前から負けず嫌いだった。
気持ちはあっても、結局何もできずにあの奴らを睨みつけながら…死んだんだ。
もう、それで終わるのは厭だ。
この世界を守る大事な存在になった今、誰よりも強くないと世界を守れない。
ラゼルの心は業火の様に燃え盛っていた。
あの時すぐ置いたダンベルをそれぞれの手に取る。
重い…
けど、置いたら強くなれない!
800トンのダンベルを握り締め、せっせとトレーニングを始めた。
アンドロイドは、どんなに筋トレしても見た目に変化は無い。
人によってはそれが短所になるだろうが、自分はその逆だった。
何故なら、ムキムキマッチョにはなりたくないからだ。
でも、アンドロイドなら一切見た目が変わらないまま強くなれる!
汗を流しながら、口角を上げて笑む。
そうだ、ここの器具って持ち出し可能なのかな?
ラゼルはトレーニング場の管理人に聞いてみた。
本当は持ち出しは禁止だが、幹部ならOKだそうだ。
使用が終わったら必ず戻す様に と、管理人から回答を貰った。
やった、持ち出しOKだ!
ダンベルで腕鍛えながら外走って脚と体力も鍛えよっ!
ラゼルは早速ダンベルを握り締めたまま屋外に出て全速力で突っ走った。
疲れたら休憩し、少ししたらまた走るを繰り返す。
気がつけば数時間が経ち、グリューンを何十周もしていた。
左胸に付けていた金バッジから通信が入った。
「夕飯の準備ができたぞ」
…ふう、そろそろ今日のトレーニングは終わりにしよう。
気がついたら昼食を食べるのを忘れて夕方になっていた。
ディスプレイで時間の確認を一切していなかったし、グリューンとレツェノイルの周辺に恒星は無い。
昼夜という概念が無いのもあり、時間をすっかり忘れていた。
やべ、もう夕方なんだ…
明日からはちゃんと時間確認するようにしよう。
ラゼルはトレーニング場に戻り、ダンベルを元の場所に戻して部屋へ帰った。
部屋に戻ると総長はもう夕食を食べ始めていた。
「おかえり、結構長かったな」
「気がついたらずっとトレーニングしてて夕方になってたわ」
「もしかしたら、私が通信しなければずっとトレーニングしてたかもな!
昼飯食べてないだろ?お前の分は多めに買っておいた」
「わーいやったー!」
ラゼルはいただきますと言うと、夕食を勢いよく口にかき込んだ。
空腹は感じていないのに、自然とご飯が口の中へ消えていく。
「おいおい、なくならないからもう少し落ち着いてゆっくり食べてくれ」
総長は笑いながら言うと、美味しそうに頬張るラゼルを眺める。
なんか…育ち盛りの子供みたいだな…
子供…というか、おばあちゃんすらも倍以上超える年齢だが。
肉や野菜を口いっぱいに頬張りご飯を口に突っ込むラゼルを見て、オルヘリオは羨ましがった。
「いーなー、
僕なんかまだミルクだぞー?」
「飯は60歳超えてから。酒は250歳になったらな」
「ちぇ〜…」
夕食後もいつもの様に準備を済ませ、ベッドに入る。
明日はやっと残りの一つを教えてもらえるんだ!
どんな感じで一体なんなんだろう…
ラゼルは笑みを浮かべて夢の中へ旅立っていった。
次の日の朝。
目が覚めてベッドから出て、朝食を食べて歯磨きを済ませ、いつものクッションに腰を下ろす。
「実は腕だけじゃなくて耳も変形できるんだぞ」
総長はラゼルの顔を見て伝えてきた。
ラゼルは残りの一つを伝えられるタイミングが唐突過ぎてキョトンしていた。
「どういうこと?」
「そのままの意味だ
準備はできたか?」
「う、うん」
「じゃあ、行こうか」
ラゼルは総長の後についていく。
するとある部屋についた。
部屋に入ると、中は普通にマグカップが置かれたテーブルや椅子があるだけ。
「じゃあ、まず教える前に聞いておきたいことがあるんだが、
『オアーエヴァンデバイス』って知ってるか?」
ラゼルは首を傾げる。
聞いたことは無いわけではないかもしれないが、全然聞き馴染みが無い。
「オアーエヴァンデバイスは頭に身に付ける拡張装備だ。
視覚と聴覚の拡張がメイン機能なんだが、元から視覚と聴覚が凄いアンドロイドからしたらほぼ飾りみたいなものだろう。
使えるのは、離れていてもバッジみたいに通信できる通信機能や、物や動物や敵を探る索敵機能、アンドロイドの視界を映像として記録する機能、
上級幹部限定だが、機械をハッキングする機能もある。
お前はハッキング機能が使える筈だが、
この機能は余程の事でも無い限り使わないようにしてくれ
物や動物や敵を索敵機能で探し出した後、デバイスに搭載された高度なAIがそれらを解析して、使い方や生体などの特徴を見たりすることもできる。
よく使う機能はこれで以上だ
何か質問はあるか?」
「ううん、特に無いよ」
「なら、早速変形してみてくれ
お前もラムみたいに耳が変形してデバイスになるんだ
できるか?」
「ん〜?」
ラゼルは眉間に皺を寄せ、耳に手を近づけて首を傾げる。
耳に意識を集中する。
今回の変形は腕の時と違ってわかりやすい。
すると耳が赤く煌々と光を纏い、形状が変化する。
纏っていた光が消えると、黒く尖ったデバイスに変形した。
ラゼルは変形した両耳をペタペタ触る。
腕の武器と同じく艶々で、感触はツルツルしている。
「おお!凄いな!
それがオアーエヴァンデバイスだ。」
「これ、形どうなってるの?」
「鏡なら其処にあるぞ」
鏡の所へ移動すると、両耳が黒く上に尖っていた。
「へ〜ホントだ!変形してる!」
「オアーエヴァンデバイスにもディスプレイがあるんだ。
出せるか?」
「ん?」
画面を見たいと願望し意識を集中する。
すると、目元に赤い半透明のディスプレイが ヴン と出現した。
「そう、それだ。
オアーエヴァンデバイスの操作は手を一切使わない。
私はそれが難しくてできないんだが、肉声使わずバッジが使えるお前なら扱えると思う
私はこのアルムデバイスを通して教えてやるからな」
総長は左手首に付けているリングを指差して言った。
すると青いディスプレイがアルムデバイスから現れる。
「そこのテーブルの上に乗ってるマグカップをハイライトできる筈だ。見れるか?」
「ん〜…
できた、こう?」
「そうだ。
そうやって自分の周囲にある物や動物、敵をハイライトして表示してくれる。
そのマグカップは青色だが、物や動物や敵の表面温度や体温、物の種類、生き物の興奮度合いとかによっては青から緑、黄、橙、赤に変化する。
じゃあ、そのマグカップを解析してみてくれ」
総長はアルムデバイスのディスプレイでラゼルの視界の映像を見ながら言った。
ラゼルは青くハイライトされているマグカップを見ていると、その解説が横に現れた。
「解析ってこれ?」
「そうだ。
見たことあるものだけでなく、見たことないものも解析してくれる。
その物体や生き物を構成している物質を見ることもできる。
よく分からない物はいきなり触れたりせず、
とりあえずそうやって解析してそれが有害かどうかとか、
それの扱い方とかを調べる癖を付けておいた方が安全だから覚えておいてくれ
ちなみにだが、部屋はここだけじゃなくてもう一つあるんだ
今のお前のデバイスのスキャン範囲は4ヒアー(1m)だが、範囲は最大1000光年まで拡大できる
とりあえず20ヒアー(5m)まで拡大してみてくれ
できるか?」
ラゼルは当たり前のように意思だけでデバイスを操作する。
その様子を何気無く見ている総長だが、口では何も言わなくても心の中では驚いていた。
スキャン範囲を拡大するともう一つの空間が目の前に現れた。
その部屋は、ラゼル達が居る部屋と似たようにテーブルが置かれている。
「オアーエヴァンデバイスは壁が自分を何枚隔てていようが物や生き物を探し出すことができる。
お前の目の前にもう一つ部屋があるだろう。
その部屋に何かが隠されているはずだ
普通に探すと大変だが、オアーエヴァンデバイスを使えば簡単に見つけ出せる筈だ。
探してみてくれ」
向こうの部屋には同じ椅子とテーブルが置かれており、テーブルの上にはコップや沢山の本が置かれている。
何かが隠されているとしたらテーブルの上だろう。
コップや本をスキャンして解析してみる。
コップは特に変わった物質が使われているわけではなく、ただのコップだ。
本は、自分が読まなそうな難しい小説ばかり。
よく見ると、沢山積まれたとある本の中に小さい紙切れが挟まっているのが見える。
その紙切れを解析してみる。
「なんか雑で汚い字で『この紙を見つけれたアナタ!
これでオアーエヴァンデバイスマスターだ!』
って書かれてるんだけど…」
「おお、早いな!
じゃあそれでオアーエヴァンデバイスの教習は完了だ!
結構すんなり使えるようになったな
お前の視界を見てて、簡単にスラスラと難しい動作を熟すから気持ちよかった
私とは大違いだ
それは常時身につけててもいいし、使いたい時だけ変形してもいい
無事にデバイスが使えるようになったし、明日は武器を使った本格的なトレーニングに入ろうか」
総長はそう言うとラゼルを連れていつもの部屋へ帰り、
ラゼルは夕食までの空いた時間をトレーニングに費やした。
昨日と同じくいつものトレーニング場に来て800トンのダンベルを2つ借りると、グリューンを何周も全速力で走った。
空いた時間をトレーニングに使っているのは同じだが、
いつもの尖った耳からデバイスに変形して走っていると一つ気づいた事がある。
耳が、ぷるぷる揺れない。
激しく動いても耳を気にする事がなくなった。
いつもの様にトレーニングに済ませると総長が待っている部屋に帰り、夕食を食べて、準備を済ませてベッドに入ったラゼルだった。
今日は早めに目が覚めてしまった。
だからといってぼーっと過ごすのはアレだな…
軽くトレーニングしとこうかな。
トレーニング場に向かい、800トンのダンベルを両手に取る。
ん、前よりも少し軽く感じるような…
…気の所為…か。
よいしょっ、よいしょっ、
数十分後、ダンベルを動かし腕を鍛えているとデバイスから通信が入った。
「今から其処に行くから其処で待っててくれ
武器を使うトレーニング場に行こう」
少し待っていると総長が歩いてやってきた。
「アッハハハハ!トレーニング好きだな!
武器を使うトレーニング場はこの棟の中にある。
じゃ、行こうか。」
其処から少し歩くと扉が見えた。
扉をくぐって部屋の中に入ると、ポッドの様なものが数基並んでいる。
「ここがトレーニング場?」
「まあ間違ってはいないが、正しくはポッドで行った先がそうだな
トレーニングは仮想空間上で行う。
そこの並んでるポッドが転送装置みたいなものだ。
トレーニングを行う仮想空間は闇影大戦を再現した世界だ
其処で出来るだけ沢山の闇影の魔物を駆逐してもらう。
倒せればやり方は何でもいい、好きに暴れてくれ
じゃあ、私は総長室から通信するからちょっと待っててくれ」
そう言うと総長は早足で総長室へ向かった。
2〜3分位が経った時、オアーエヴァンデバイスを通して通信が入った。
「私は此処からお前のデバイスを通して視界の映像を見てるから、何かあれば言ってくれ
さ、後はお前次第だ
準備ができたらポッドに入ってくれ」
ラゼルは空いてるポッドの中に足を踏み入れた。
振り返ると扉が閉じる。
とても静かで、肌や服、髪が擦れる音だけが聞こえる。
総長から通信が入る。
「仮想空間では死なない。たとえやられてもポッドから復活できる。
…緊張してるか?」
(うん、なんか、こんな事体験したこと無いからドキドキして緊張する…)
「アハハ!
他の奴らがトレーニングしてる時は他の幹部が監視してるんだが、
お前がやる時は必ず私が見てるから大丈夫だ」
体はアンドロイドなのに、呼吸していないのに何故か呼吸が速くなってるような気がする。
心臓が鼓動している訳ではないのに、
何故か胸の奥で何かがドクンドクンと鼓動を打っているように感じた。
けど、親友の言葉で少し緊張が和らいだ。
此処には自分1人だけだけど、誰かと喋れるだけで気持ちが落ち着く。
大丈夫、大丈夫だ。
自分は神なんだ。
神なんだからシャキッとして、民を守れるように強くならなきゃ。
「大丈夫だ。
それはお前だけじゃない。
私もそうだし、シエルトハイダの奴ら全員がそう思ってる。
いつも通り戦ってくれればそれで良いよ」
口には出していないのに、何故か総長に心の声がバレている。
ラゼルはそれを聞いて吃驚すると、総長は笑った。
どうやら、オアーエヴァンデバイスを使う者はほぼ全員心の声が監視員や総長、会社にバレバレらしい。
今のラゼルみたいに。
「扉が開くぞ」
ポッドの扉が開く。
外はとにかくだだっ広い草原が広がっていた。
闇影大戦の時のように空は暗く曇っている。
彼方に闇影の魔物共が沢山見える。
「とにかく、出来るだけやられないように魔物を倒していけばいい
今回は初めてだから少なめにしておいた
準備ができたらポッドから出てくれ
出たら戦闘開始だ」
武器に変形するのは一昨日ぶり。
あの時は的が動かないから簡単だったが、素早く動いたらどうなるだろうか。
普通の武器が効かず、沢山の犠牲者が出たあの時。
自分の武器なら倒せるだろうか…
いや…倒せないと困る。
世界を、守らなきゃ。
ラゼルは呼吸を整えると、勢いよくポッドを飛び出した。
両腕がグライシングレブレイドに変形すると、近くにいる魔物へ駆け寄り、勢いよく薙ぎ払う。
魔物共は次々と赤い刃に斬り裂かれ、始末されてゆく。
「おおお!!流石だ!」
総長は歓声を上げるが、自分には分かる。
やっぱり、腕が重い。
重くて、アトゥランスの時みたいに機敏な動きができない。
振るった後、700半ばの剣に持っていかれて素早く次の攻撃に移れなくてキレが悪い。
もっと体鍛えないと!
そう思いながらもラゼルは身体能力を駆使して魔物を薙ぎ払い、魔物共は草原から一体も残らず姿を消した。
「そこまで!
難易度はどうだった?
やっぱりお前には簡単だったか?」
「うん、これは簡単すぎたかな」
「そうか、実はこの仮想空間の難易度は細かく変更できてな、
魔物は数だけでなくボスも用意できる。
今はただただ広い草原をやってもらったが、
草原、レムノールの街、巨大な廃ビル…って、ステージを変えれるんだ
勿論、ステージ毎に難易度も違うぞ
変更するか?」
「ステージはそのままで、もう少し魔物を増やして欲しい」
「わかった
今は300体なんだが、何処まで増やすか?
MAXは100万体だ」
「んー、じゃあ1000体にして
ボスは…無しで」
「わかった。
じゃあ、ポッドに移動するぞ
扉が開いてそこから出たらスタートだ
なんかあったら構わず言ってくれていいからな」
「…うん」
欲張って1000体まで増やしてもらったが、本当は少し不安だ。
これは自分の力不足だ。
今総長に相談してもどうする事もできない。
とにかくトレーニングするしか無い。
ラゼルはポッド内に転送され、扉が開いた。
魔物がさっきより増えているのは出なくてもわかる。
頭を巡らすよりもとにかく動いて鍛えた方が良いだろう。
ラゼルはポッドから飛び出し、また両腕をグライシングレブレイドに変形させた。
先ほどと同じく、大剣を思い切り振り回しながら沢山の魔物共を始末してゆく。
ブレイドの重さと振るった後の遠心力でまたも体を持っていかれるが、なんとか踏ん張る。
すると1体の魔物が噛み付こうと飛び掛ってきた。
ラゼルは構わず思い切り蹴り飛ばし魔物を蒸発させる。
魔物相手ならいいが、
宇宙戦士相手に脚技を使うとかえって自分に隙ができてしまうから良くない。
魔物なら腕だけでなく脚を使ってもいいな。
始末し続けて残りが半分程になった頃、ラゼルは気づいた。
(脚使うくらい距離が近いなら、そもそも近づかせなければいいじゃん!)
ラゼルは左前腕をブレイドかはアンルグニレイガンへ変形し、ドドドドド と銃口から光速の超魔導弾を放つ。
沢山の光速の弾丸が魔物共へ降り注ぐ。
右腕のブレイドも魔物共を薙ぎ払い蒸発させてゆく。
蹴散らされ、魔物共はみるみるうちに数を減らしていき、残りが数十体になった。
ラゼルはレイガンの閉じていた2つ目の銃口を開く。
銃口からは沢山の赤い稲妻が発生し満ちてゆく。
レイガンは開いた銃口から凄まじいレーザーを放った。
レイガンは物凄い轟音を響かせる。
ラゼルはレーザーを放つレイガンを思い切り横に振るう。
魔物共はレーザーを喰らい、一瞬にして1体残らず消し飛んでいった。
「そこまでだ!
素晴らしい動きだった!!
凄い勢いで魔物を蹴散らすから、見ていて気持ちよかったよ!」
ラゼルは汗を流し、顔は喜色に満ちていた。
武器を使ったトレーニングが終わり、ポッドから基地へ戻ってきたラゼル。
「此処は24時間開いてるから、やりたくなったら其処に居る担当の奴に伝えてくれ
そしたらいつでもできるからな。
魔物倒してみてどうだった?」
「楽しかったよ!本当はもっとやりたいけど!」
「それは良かった!
でも体壊さない程度にしろよ?」
トレーニングの話題で盛り上がりながら部屋に戻る2人。
飲み物を淹れていつものクッションへ腰を下ろすラゼル。
落ち着いていると総長が一枚の紙を出してきた。
「実はお前にはもう一つ服装があってな、
この紙に書いてあるのがそれだ
この紙に書いてある服装はグリューンの外で活動する時、
謂わば、遠征用正装だ。
グリューンで活動する時は今着てるその服装で、
グリューン外の時はこの遠征用正装に着替えて活動してくれ」
「その服は?」
「この服は魔力形成だ
今着てるその服も魔力形成に対応してるから、
わざわざ脱いだり着たりしなくてもいいんだぞ」
「そうなんだ!
それもっと早く教えてほしかったな〜…」
今日も早めにトレーニングが終わってしまった。
仮想空間でやったから、今度は基地で鍛えるか。
ラゼルはいつものトレーニング場へ向かった。
そろそろ、ダンベルを一段階重いものにしてもいいかも…
トレーニング場の管理人にもう一段階重いダンベルが無いか聞いてみる。
すると管理人は驚愕の表情でラゼルを見た。
800トンより重いダンベルはあるにはあるが、ソルダーには持たせた事が無いと言う管理人。
それよりも重いダンベルはガーダ専用らしい。
彼女は平然と800トンのダンベルを両手で握ったままグリューンを何十周もする奴だ。
しかも、今のそのアンドロイドの体は後天的に得たものだから尚更だ。
あらゆる人間やハキアマーダー人を大きく超越した存在が現在は当たり前のようにグリューンに居る。
今見ているものは全て幻なんじゃないかと疑う程だ。
彼女は遊び半分で言っているのでは無く、表情は真剣そのものだった。
管理人は裏からガーダ用のダンベルを魔法で浮かせて数個程持ってきてラゼルに見せた。
900トンから1300トンまでのダンベルが並んでいる。
実は阿呆みたいに怪力で、手に握って持ってくるのかと思った。
ラゼルは握っていた800トンのダンベルを元の場所に戻すと、
並んでいるダンベルの中から、900トンのダンベルを両手に取った。
ダンベルを手に取ると管理人は、
できれば床や地面には一度も置かないで、扱いには気を付けてと注意した。
ラゼルは普通に手に握っているが、
それをポイッと投げたり落としたりするだけでも床や地面が割れてしまうからだ。
管理人の注意を聞いたラゼルは頷いて、
いつもの様に外へ出て、握ったまま走り始めた。
このダンベルは、いつもの800トンのよりも少し重いな…
でもその分、やりごたえが増して良いかも!
数十分間はいつもの様に握ったまま走っていたが、何かを閃き足を止める。
(ダンベルをブレイドに見立てて振り回せば体が鍛えられて、
あの時みたいに体が持ってかれるのを防げたりするかな?)
ラゼルはダンベルが飛んでいかないようにギュッと力強く握り締め、ブレイドの様にブンブンと振り回し始めた。
変形した腕よりも重いダンベルが ヒュオオ と空を切る。
もし、するっと手から抜けてダンベルがポ〜ンと飛んで行って、基地の壁にでも当たったらどうなるのだろうか…
ヒビが入るだけで済むのか、
それとも、ダンベルのシルエット状の穴が開くのか…
「…フフw」
駄目だ、変なこと想像するな!
手の力が抜けてダンベルが飛んで行ってしまう!
体を鍛えることに集中しよう!
ラゼルはまた握ったまま走り始めた。
無我夢中になって走っていると、デバイスを通して通信が入った。
「お前の夕飯、テーブルに置いとくからな〜」
もうそんな時間なのか!
総長の通信を聞いた後、急いでダンベルを管理人に渡して部屋へ帰っていった。
それから数カ月の間も、トレーニングして体を鍛えた。
最初は800トンだったが、今は1000トンを超えた。
武器よりも数百トン重いダンベルをほぼ毎日握っているおかげで、武器の重さに振り回されることも無くなった。
仮想空間でのトレーニングもボス有りでするようになり、
一分以内で数千体の魔物やボスを討伐できる程まで成長した。
毎月一度だけ来る一番の大仕事 ノマーシー・ウォー・デイ にも参戦。
たった一人だけでペンテリゴノのガーダをも軽々と吹っ飛ばし、斬り裂き、圧倒する。
体は普通のソルダーなのに、魔兵組織の中でハキアマーダー界1強いガーダをも大きく超越する戦闘能力を得た。
レツェノイルにも赴き、おかしくなってしまったアンドロイド達を倒し、ロンボジオンへ送る仕事もするようになった。
このラゼルの活躍は、あの幹部も見ていた。
「タイマンするのいつにする?
うちはいつでもいいよ」
「そうね…来週のあの日とかどうかしら?」
「いいね!その日でいいよ」
「あと、ルールを設けてもいい?
武器は両腕とも剣だけ。
傷付けるのはOK。でも殺すのは無し。
手加減も一切無しよ。」
「ほぉ〜ん…、わかった♪」
この前にラゼルとタイマンする日を決めて、もうすぐその日が来る。
あの身体能力と戦闘能力で、自分と同じ金バッジなのがおかしいが。
だからといって、自分は弱い訳では無い。
私もラゼルと同じソルダーだけど、並のソルダーよりは強い。
怖気づくな…
勝っても負けても、良い経験になるのは間違い無い。
待ち合わせはAM9時だけど、1時間…いや、
…もっと早く来ても良いかも。
今日はついに、対決する当日。
ハイノは数時間早くあの訓練場で体を動かしていた。
準備運動をして軽く腕立て伏せをしたり走ったりして体を温めていた。
走るのをやめて立ち止まると、数十分早くラゼルが訓練場へやってきた。
「来るの早すぎない?」
「ふっ、早めに来て体動かそうと思ってね
貴方の為に早起きしたのよ」
「うちは、目が覚めちゃって…早めに来ちゃった
タイマンは予定の時間からね?
それまで少し体動かさせて」
「ハイハイ。」
訓練場にはこの2人の他にもトレーニングしている戦士がおり、普段来ないラゼルとハイノが同じ時間に待ち合わせをして此処に来たことで、少し騒がしくなっていた。
戦士達が2人を見ようと遠くで集まる中、ラゼルは気にせず走って運動していて、ハイノはラゼルを見ていた。
これからあの子が私に全力で襲いかかってくる。
ソルダーどころか、ガーダも軽々と蹴散らす…
もし私が勝ったら、ラゼル以上にチヤホヤされるかも。
ボロボロになったあの子が、私に向かって地面に頭を擦り付けて土下座する姿を見てみたい…
妄想してニマニマしていると、ラゼルが少し離れた所でハイノを見て止まっていた。
「ヤベッ」
ハイノは焦って笑むのをやめてラゼルを見る。
2人は両腕を剣に変形させる。
互いの超魔導刃が ヴン と出現する。
「ごめんね、一人の世界邪魔しちゃって。
それが叶えばいいね〜」
時間が1秒、また1秒と刻まれ、9時になる。
ラゼルは微笑んでそう言うと、ブレイドの刃を赤く輝かせて、思いっきり襲いかかってきた。
ハイノも、思いっきり走り寄り斬りかかる。
ラゼルはハイノの剣を防ぐともう片方のブレイドで勢いよく斬りかかる。
ハイノもラゼルの剣を防ぎ、もう片方でも斬りかかる。
激しい斬撃と刃が交わる音が訓練場に響き渡る。
戦士達は頬を赤らめ、2人の戦いをじっと見ていた。
互いの超魔導刃が輝き、空を切る。
まるで、剣の踊りを見ているかの様。
刃を交えて改めて実感するが、パワーが凄まじい。
ラゼルはハイノとのタイマンを楽しんでいるのか、笑みを浮かべながら凄い勢いでブレイドを振るう。
分厚く、重厚で、自分の剣とは真逆な2つの大剣は容赦無く襲いかかる。
ラゼルの両腕ともハイノの方へ向き、隙だと思ったその時、ハイノは剣をラゼルに向けて振るう。
だがラゼルはその剣を防いで弾くと、もう片方のブレイドで目にも留まらぬ速さでハイノに襲いかかった。
ラゼルのブレイドがハイノを少し斬り裂き、ハイノはなんとかラゼルのブレイドを弾く。
重すぎて、全然動かない。
弾けたと思ってもすぐにとんでもない速度で次の攻撃を仕掛けてくる。
ラゼルの猛攻を防ぐも、防いだ自分の剣ごとこちらへ押してくる。
全力で防いでもパワー負けしてしまう。
狼狽えて驚くと、ラゼルのブレイドはハイノの体を斬り裂く。
ハイノは消耗し、体に小さい傷を次々と増やしていく。
ラゼルは構わず、2つのブレイドでハイノに襲いかかる。
ハイノはそれを防ぐも弾かれ、ラゼルの2つのブレイドの切っ先がハイノの左右の頬を斬り裂いた。
「うっ!」
ハイノはよろけて地面に尻もちをつく。
するとラゼルはブレイドを降ろし、攻撃をやめた。
訓練場中に、観戦していた戦士達の歓声が響き渡った。
「こうなるのは…わかってたわ…
あれは もし よ…
私の…負け。」
ハイノは息を切らしながら、ラゼルを見て言った。
「でも、そうなるのがわかってたのに
刃をうちに向けるのは素晴らしかったよ」
ラゼルは腕をブレイドからいつもの腕へ戻し、ハイノへ手を差し出した。
ハイノはラゼルの上から目線な言い方に引っ掛かる。
でも、この人目がつく場所で話すのは違う。
ハイノはラゼルが差し出した左手を握り、立ち上がる。
「ねえ、私の部屋に来てくれない?
人目につかない所で、貴方に聞きたいことがあるの。」
「うん、いいよ」
ハイノは傷だらけの体のまま、ラゼルを連れて部屋へ向かった。
幸いにも、部屋に向かう道中で他の者達とすれ違う事は無かった。
部屋の入り口の扉の前に着いた。
「ちょっと其処で待ってて。」
ハイノはそう言うと一人で部屋へ入り、何やらゴソゴソ音を出して何かをして、入れる準備ができるとラゼルを呼んだ。
…本人は片付けたつもりなのだろう。
よく見ると部屋の隅に洋服が乱雑に嵩張り、
テーブルやソファの隅にはなんらかのスナック菓子のカスが散らばっている。
部屋に入るとハイノは椅子に腰掛けた。
「最初に貴方を見た時、普通の女の子だと思ってた。
でも月日が経つごとに、貴方は 普通じゃない って。
貴方が初めて前腕が変形して、武器の強さを知ったあの時、
成長しても其処までにはなれないって思った。
だから総長にタイマンさせてってお願いしたの。
でも、其れから貴方は阿呆みたいに成長して、再び私の前に来た。
“負ける”って、頭の中では痛いほどわかってた。
でも、負けても今より強くなれるチャンスが来るって思って、
負けるとわかってても貴方に挑んだの。
脚とか腕とか、切断してくれても良かったのに…」
「…だって、ハイノがこれ以上傷付く所を見たくないもん。
最初は楽しかったけど、
険しい辛そうな顔してたし、それを見ながら沢山ハイノの体に傷を付けてる時、
途中からは笑顔でいられなくなって、心が辛くなったよ。」
「手加減一切無しって言ったのに、手加減してたんじゃない」
「ごめん…」
「まあ…、いいわ。
貴方が普通じゃないのはわかった。
貴方の事を詳しく教えて欲しいの。
貴方って、いつから生きているの?」
「誰にも言わない?
他で知ってるのアンヴェーダだけなんだけど…」
「大丈夫、誰にも言わないわ。
言うこと聞かない奴に金のバッジなんて渡さないから平気よ。」
ラゼルは水色髪で桃色と黄色が美しく輝く姿になった。
「…うち、姿神なんだ。
アルティ・レーチェル・フェデルング・ユクレアス・ハキアマーダー。」
「えっ…
あの…四大柱神の、
あの…一番最初に生まれた神様の?」
「うん。
でも元々は本当に普通の人間だったよ。」
「人間って…
貴方、本当はハキアマーダー人じゃないの?」
「うん。
外の世界で死んで、それでセレスティア様にこの世界で生き返らせてもらったの。
姿神は後からなったの。」
「ちょっと待って…
えっと…ということは…
元人間で、四大柱神の1人でもあるってこと?」
「うん。そういうこと。」
「貴方って…
あの…姿神アルティ様だったの!?」
「うん。」
ハイノは体中の傷の痛みを忘れて、ラゼルの本当の事を知って、目を丸くして驚いた。
「まさか、貴方があのアルティ様だったなんて…
…貴方の御活躍は神話で伺っております。
今まで、大変失礼な態度をとってしまい、申し訳ございません。」
「畏まるのやめて!」
ハイノはラゼルが姿神アルティだと知ると、
椅子から降りて土下座し、態度を改めて謹んだ。
でもアルティは畏まられるのが厭で、両手をギュッと握ると眉間に皺を寄せ、ハイノにそれをやめろと訴えた。
「で、でも…」
「確かに、うちはこの世界にはセレスティア様の次に長く居るけど、
そうやって畏まられるより、友達みたいに接してくれた方が嬉しいよ」
「ほ、本当にいいの?
今まで通りの接し方で…?
私、呪われたりしない?」
「大丈夫だよ!」
アルティは動揺するハイノの顔を見ながら笑って言った。
「ちなみに、神様はうちだけじゃなくてもう1人いるんだよ〜」
「え?」
「その人は、ハイノもよく知ってる人だよ
うちとグリューンで最も仲が良い人で、ここのリーダーって、誰だっけ?」
「あの…ゼージス様?」
「そう、ゼージスって本当は雷神ケラヴノスなんだよ〜」
「あ、貴方って…本当に普通じゃないわね…
親友も神様だったなんて…
貴方と総長が阿呆みたいに強いのも納得だわ。
貴方にタイマンを申し込むなんて、
すんごい無謀な事をしたわね私…」
ハイノは椅子に座ってテーブルに両肘を付き、両手で顔を覆った。
とても混乱している様子だが、こんな機会は滅多にない。
折角なら、色々教えたり見せたりしてあげたい。
口角が上がる。
「これ、知ってる?」
アルティは両手の平から剣を出現して見せた。
「ッそれ!
破壊神を打ち倒した、蒼穹の…双剣!!!」
ハイノはアルティが両手に握っている水色の剣を指差して興奮している。
「何それ、そんな呼ばれ方してるの?」
「そうよ!
破壊神を倒して下界に平穏を取り戻してくれた伝説の双剣よ!
誰もが羨む伝説の蒼穹の双剣っ!!!
それが今目の前にあるなんて…
フィクションじゃなかったんだわ!!!」
混乱は収まったのか、今度はアルティの剣を見て興奮している。
「その剣、触ってみてもいい!?
ほんの少しだけ!
ちょびっとだけでいいから!!!」
アルティはハイノの近くへ寄り、剣をハイノに近づけた。
ハイノは手を剣に近づける。
そ〜………
余りにも手が近づくのが遅いので、アルティはサービスをした。
剣の刀身をハイノの手へグッと押し付けた。
ハイノの手が剣に確りと触れた。
「ちょっ、駄目よ!
私の手で汚れちゃうじゃない!」
確り触れた瞬間、ビクッとして触れていた手を離すハイノにアルティは笑った。
「大丈夫だよ!汚れたことないもん!
刀身についた破壊神の血肉だって、
振り落として不思議な力で浄化して草花にした程綺麗好きな剣だからさ!」
「なら尚更触るの駄目じゃない!
ただの一般のハキアマーダー人が、こんな凄い剣に触れていいの?」
「大丈夫だって!
こんな嬉しい事、そうそう無いもん!
アトゥランスも喜んでると思うよ!」
そう言って、アルティは笑顔で剣をハイノにグッと近づける。
「ん!
ほら、どうぞ!」
ハイノはアトゥランスの刀身にそっと手を当て、優しく撫ぜる。
「この剣、名前があるのね」
「うん。
アンヴァシグ・アトゥランスって言うんだよ
アンヴェーダ以外にはマジで本当に何も言わないでね」
それから数時間ハイノとアルティは、
ラゼルやアルティの事で盛り上がった。
部屋の隅で固まっているシワクチャの洋服やお菓子のカスに触れると、ハイノは顔を赤らめて照れた。
いつも仕事はこの部屋でしていて、ご飯を食べたり寝たりするのもこの部屋。
なので、この部屋に籠もっている事が多く、どうしてもこのようにズボラになってしまうらしい。
いつも棚にキープしていたスナック菓子を開け、自分だけでなくアルティにもシェア。
2人はお菓子を手に取り、笑顔で笑いあった。
この数時間で、さっきより、今まで以上に距離が縮まった2人だった。
夕方。
いつもの様に夕飯をテーブルに出してラゼルに通信を入れる。
が、1時間経っても帰ってこない。
総長は先に夕食を食べると、ラゼルがいる所へ赴く。
ラゼルは訓練場で傷だらけのハイノに何かを教えているようだ。
ハイノは総長に気づくと剣を振るうのをやめて、両手両足を揃えて頭を下げた。
「そ、総長!
本日もお疲れ様です!」
「今日は休みだ。何してたんだ?」
「この前、うちが初めて武器に変形した時、
ハイノとタイマンの約束してたの。
それで、今はその対決が終わって、ハイノに教えてたの。」
「あ〜そういえば言ってたな!
体の傷はそういう事か。
で、ハイノ、ラゼルとやりあってみてどうだった?」
「すんごい強かったです…
ラゼルから技術を教われば、団員を今以上に強く鍛え上げる事ができそうだと思って、
今はそれを体に叩き込んでる所です。」
「いいじゃないか
っていうことは、お前はまだ帰らないのか?」
「うん」
「寝る前はもうドアに鍵掛けちゃうから、その時にまた通信する
次の通信で帰って来いよ」
「わかった」
その他の戦士は自分の寝床から外は出入りが自由だが、ラゼルには門限がある。
ハイノはラゼルと違って剣が軽く、ラゼルはハイノの体形や剣を活かした振るい方や戦い方を残された時間でとにかく教え込み、
自分もブレイドに変形し、練習台になってあげた。
ハイノは体中の傷の痛みを忘れ、夢中になって技術を教わった。
「貴方から技術を教わる事が出来るなんて、私はもう悔いはないわ♪」
ハイノは汗を流しながら笑顔で言った。
総長が部屋に帰ってから数時間後、
ハイノと笑い合っていると総長から通信が入った。
「もう寝るぞ〜」
「わかった!帰るから待ってて!
総長から通信来たから帰らなきゃ。
また今度、スケジュールが合う時にじっくりやろうね」
「そうね。おやすみなさい♪」
互いは笑みを浮かべて手を振ると、帰路へ就いた。
少し月日が経ったある日。
ラゼルは仕事でレツェノイルに来て巡回していた。
すると突然、焦り緊張した声で総長から通信が入った。
「N1でSのAOOA発生!始末に向かえ!」
「イス・サム!!!」
ラゼルはN1方向へ全力で走り出す。
全力で向かっていると通信を聞いて追ってきたファルラーズのレヴィテッドに会った。
「N1まで乗せて!急いで!」
「オーケー!」
バイク形態に変形したレヴィテッドに跨り、N1へ全速力で向かう。
現場へ向かっていると総長からまた通信が入った。
「イレクトロシティより遥か北東の廃工場で、
『グレイド・アロガンス』って言うロンボジオン社製のガーダアンドロイドがAOで生体・機械問わず鏖殺して暴れているようだ。
座標を送るから急いで向かって始末してくれ。
機兵隊の奴らは後から行くから、それまでに時間稼ぎしてくれ。
……お前なら大丈夫だと信じてる。」
次第に都会から木々が生い茂る森へ景色が変わってゆく。
自分とレヴィテッドが放つ明かりだけで周囲は真っ暗闇。
風も吹いておらず、静まり返っていた。
右奥に荒廃した大きな建物が見えてきた。
ラゼルは少し遠くで降ろしてもらった。
「ここで待ってるね、終わったら通信して。」
レヴィテッドは茂みに隠れ、ヘッドライトを消して息を潜めた。
工場から、悲鳴と絶叫が聞こえる。
ラゼルは急いで現場へ向かった。
廃工場の中は酷く荒れていて、あの時の賑やかだった面影は微塵も無い。
詳しくは知らないが、ここはロンボジオン社の旧工場で、訳あってこのまま残っているとかだったっけ。
奥の方へ進むにつれ、床に転がる死体の数が増えていった。
ある生体アンドロイドは大量の内臓と血を流し、
ある機械のアンドロイドは切断されて内部が見えている。
戦っていたのだろうか、腕が武器に変形したまま死んでしまったアンドロイドが複数体転がっていた。
ラゼルはあの時の自分を思い出した。
うちも、こんなふうに体中を切られて殴られて死んじゃったんだよな…
この犠牲になってしまった民達を救う為にも、
早く始末しないと…!!!
気配と音を消し、腕をブレイドに変形させ、静かに急いで向かう。
グレイドがいる所だけ明かりが付いていて、
グレイドは腕の大剣を振り翳し、攻撃されて弱ったアンドロイドを殺そうとしていた。
グレイドが大剣を振り下ろした瞬間、
ラゼルは弱ったアンドロイドの前に立ち塞がり、その大剣をブレイドで大きく弾き、弱り怯えていたアンドロイドをロンボジオンへ転送した。
弾いた瞬間、ガン と 火花が散り音が工場内に響いた。
「ッンだよ」
グレイドは苛つき、ラゼルの方を見る。
「あ?
お前、ヘクスレブラのソルダーだろ?w
アイツらみたいに俺を殺しに来たつもりィ?
無・駄 だよ♪
俺はお前より強い”ガーダ”だからw」
言い終わった瞬間、グレイドは物凄い形相と速度で襲い掛かってきた。
ラゼルは臆する事無くグレイドに立ち向かう。
静かな薄暗い工場の中で、互いの魔導エネルギーの色がぼんやりと輝く。
互いの超魔導刃が交わり、閃光の如く剣の軌道が輝き、火花を散らす。
ラゼルを転ばそうとグレイドは片足で素早く薙ぎ払うが、
ラゼルはグレイドの脚を避け、思い切りブレイドを振るった。
グレイドは一瞬で察知し、振るったブレイドを避けたが、腹を10cm程斬り裂かれた。
グレイドは怒りでラゼルに斬りかかる。
ラゼルはそれを2つのブレイドで防ぐ。
ガン と 火花が散る。
「ッ、なんでこんな所で暴れてるの?」
ラゼルはグレイドを睨みながら言った。
「嫌いな奴らに見つからないし、
楽しいからに決まってんじゃん
まっ、俺ならあんな奴ら(ヴィゼ機兵隊)もボコボコだけどねw
ここに転がってるみーんな、俺の客なんだよ。
俺と対決して勝てたら”コレ”をタダでやるってな。」
グレイドは上着の内側に一瞬だけクイっと視線をやる。
懐には、沢山の金品がジャラジャラと鳴り、輝いていた。
「でも、勝てなかったらそのままバイバ~イw
此処に転がってるみーんな、俺の宝が欲しくてやってきて、何も出来ないままバイバ~イした哀れな奴らだよw
ま、何人かは目的違ったみたい だ け ど。」
ラゼルは2つのブレイドで思いっきりグレイドの剣を弾くと、目にも留まらぬ速さでグレイドの脇腹を斬り裂いた。
ザシュッ
「ふぅん、やるじゃん…」
グレイドは脇腹の斬り裂かれた傷を見た後、ラゼルの顔を凄い形相で睨みつけた。
「お前もさ、俺のゲームに参加してみない?
ルールはコイツらと同じ。
俺に勝てたらこの宝を一つだけ好きなのやるよ。
勝てなかったら俺がお前を殺してお前の躯体を売り捌く。」
「ッ!!!」
ラゼルはグレイドを睨みつけた。
「アンタ、まさか…!!!」
「そうだよ〜?
コイツらみーんな俺のカネになるんだw
勝てたら宝が貰えるかわりに殺される!
負けたらカネになれる!
最高じゃないか!!!」
グレイドは両腕を広げ、狂ったように笑った。
「ロンボジオンの奴らも、阿呆だよね〜
俺がガーダだから仕事したと思って、俺がなんか適当に理由付けて死体送れば金くれるんだもんwww
楽で最ッ高だわ〜!!!!
アッハッハッハッハッハ!!!!!」
守るべき存在を守らず、民達を宝でおびき寄せ殺して金にしていた。
ラゼルやあらゆるソルダー・ガーダはイカれたアンドロイドを始末し、危害を加えるアンドロイドを減らす為と品質向上の為に会社に転送し、相応の報酬を貰うが、
殆どは金が欲しくて人を始末している訳では無い。
ラゼルも、今までに沢山のイカれたアンドロイドを始末し、品質向上に貢献してきた。
本来、金が欲しくても欲しくなくても、始末するのは悪人だけ。
「ッッッ!!!!」
ラゼルは目を見開き、怒りの形相でグレイドを睨みつけると、目にも留まらぬ速さで襲いかかった。
ラゼルは凄まじい速度でブレイドを振るい、襲いかかる。
ブレイドの斬撃の残光が赤く輝き、
刃を交える度に ガン ガン ガン と火花が散る。
グレイドはそれを全て防ぎ、避け、大きく後方に距離を取ると、ラゼルは左前腕のブレイドをレイガンに変形させ、グレイド目掛けて射撃した。
レイガンの銃声が工場内に響き渡る。
グレイドは華麗に光速の超魔導弾を全て避け、
着弾すると ドドドドドド と爆発し、壁や床を円形に抉った。
「おー良いじゃん!
剣は飽きたし銃で遊ぼうか♪」
グレイドは笑顔でそう言うと、両腕を剣から銃に変形させた。
グレイドの銃も光速の超魔導弾を放つ。
ラゼルは全て避けながらグレイドへ近づく。
グレイドは距離を取りながらラゼル目掛けて超魔導弾を放つ。
足が速いグレイドを、ラゼルは超魔導弾を右腕のブレイドで全て弾き飛ばしながら高速で目前まで近寄り、思い切りブレイドをグレイド目掛けて振るった。
グレイドは瞬時に察知し右腕を剣へ変形させる。
ラゼルのブレイドがグレイドに、
グレイドの剣がラゼルに襲いかかる。
ザンッ!!
「「ッ!!!」」
ラゼルは、レイガンの先端が切断されてしまった。
グレイドは左腕を肩から切断された。
互いは強い痛みで苦悶の表情を浮かべる。
(クソッ!ブレイドだったらガードできてた!!
頭では分かってたのに…!
こりゃまたトレーニングだな…)
「あ…あぁ…」
グレイドは腕を切断され動揺し、足元がふらつく。
ラゼルはグレイドの隙を逃さない。
ツァルソル・ヴァラゼイション
右腕のブレイドを思いっきり振るい、コアだけを残す様に、斬り刻んだ。
グレイドは”死”というものがどういうものか分からないまま、死んでいった。
木っ端微塵になったグレイドだったものが床に散らばっている。
ラゼルは、粉々になったグレイドだったものと、それのコアをロンボジオンへ転送した。
その1分後、ラゼルが戦っていた所に機兵隊が到着した。
機兵隊員とそのリーダーは構えていた武器を収納し、ラゼルの顔を見ていった。
「君が倒しちゃうなんてね。
まあ、いいよ。お疲れ様。」
「まあ、腕が切断されてしまっているじゃない!
そちらの司令官が ヘクスレブラへ向かう様に と言っていたわよ。
一人で頑張ったわね。お疲れ様♪」
「私らは此処に残るから、ラゼルは帰っていいよ〜」
「…うん。」
ラゼルはレヴィテッドへ、自分はワープして帰るから街に戻っていいよ と通信を入れた。
レヴィテッドはずっと茂みの中に隠れていた。
ラゼルの通信を聞いた後、
「お疲れさん!じゃ、先にお暇するね」
とラゼルに通信を入れ、街に向かって走っていった。
ラゼルはレヴィテッドに通信を入れると、ヘクスレブラへ移動した。
社内に入ると、大きなスパナを持った男性の社員が入り口で待っていた。
「うわ〜、ちょっと行かれちゃったね〜
今も痛くてたまらないでしょ?
ささっ、どうぞ奥へ!」
その数時間後。
ラゼルは左腕を直してもらった。
「明日、ロンボジオンへ来てほしいって君の友達が言ってたよ。
じゃ、お疲れ様!気をつけてね〜」
ラゼルは総長の部屋へ帰宅した。
自分が仕事だった為、いつもは鍵がかけてある入り口の扉は鍵がかかっていなかった。
部屋に入ると、総長はベッドで爆睡していた。
(もう…
通信入れてうちに仕事させておいて自分は爆睡かい…)
ラゼルは静かにシャワーを浴びて寝支度を済ませると、ベッドに入り、総長と一緒に眠った。
「…〜い…
おーい!そろそろ起きたらどうだ〜?」
「んぅ……」
「13時過ぎたぞ〜」
総長はラゼルの肩を優しく揺すった。
「…え!?
もうそんな時間!?!?」
ラゼルは寝癖まみれのボサボサ頭で、総長を見て言った。
「待たせちゃってるかな!?
早く行かなきゃ!!!」
ラゼルはそう言いながら大急ぎで支度をすると、グリューンから出ていった。
(なんか用事があるのか?
まあ…いいか。)
ラゼルはロンボジオンの入り口から入ると、
社員にエレベーターへ案内された。
最上階に到着すると、一人の髪の長い女性が外の景色を眺めていた。
ラゼルは静かに歩み寄る。
すると女性はラゼルに気が付き、振り向いた。
「ええぇ!?」
「久しぶりに会ったな!
私だ、エルンス・インミダブル・シュヴェール・ユクレアス・ハキアマーダーだ。
待ってたよ、姿神様。」
「け、剣神様!
なんでこんな所に…!?」
「今更かもしれないが、
実は私、”ここのリーダー”なんだ。」
「そう…だったんだ…
なんでここに呼んだの?」
「昨日、イカれたガーダを始末してコアを送ってくれたろう?
そいつについて詳しく聞きたかったんだ。
まあ、其処に座ってくれ。」
エルンスは椅子に手を向け、ラゼルは其処に座ると、ラゼルの前の椅子にエルンスは腰掛けた。
「昨日、君がグレイドってやつを倒してくれたろう。
通信が入る直前から始末した後までの映像をとりあえずこっちに見せてほしい。」
ラゼルはエルンスにそう言われると、
少し設定を弄ってから、エルンスにも見える角度にディスプレイを表示し、オアーエヴァンデバイスが記録した昨日の一部始終を見せた。
「あぁ、なるほど、わかった。」
エルンスは事の顛末を一通り見た後、腕を組み眉を顰めた。
「謝っても命は戻らないのは分かっているが、言わせてくれ。
…すまない。」
エルンスは顰めたまま俯き、ラゼルに謝罪した。
「アイツ、元々は異常が無く正常だったんだ。
意思が宿る前は、躯体に問題は無い。
もし意思が宿ると同時におかしい動作をしたら、
宿る前は構造上問題が無くとも、宿った後には何処かに異常が現れてしまう。
その場合はその場で始末し、修正する。
これは先天性だが、アイツの場合は後天性だ。
最初は異常は無く正常だったとさっき話したな。
最初は金や宝には興味が無かった。
まあ、それが勿論ガーダでは普通なんだが、その”興味”が現れるのも異常の一つだ。
奴はかなり後から異常が現れた後天性だから、誕生直後に始末することはできなかった。
今まで、始末されて送られてきた躯体は勿論、全て何処かに異常が起きたアンドロイドのものだ。
だが途中から、何故か異常が無いアンドロイドを3体送ってきた。
…で、これはつい昨日、奴のコアを調べていて知ったんだが、
異常が無いのにも関わらず、奴の口座に間違えて送金していた。
しかもとんでもない額を。
正常なアンドロイドを3体送ったのは、異常が起きた後の悪ふざけか何かだろう。
ふざけて殺して送ったアンドロイドでとんでもない量の報酬を貰えてしまったから、
奴は調子に乗ったんだと思う…
それで昨日、1体のガーダアンドロイドが数え切れない程のアンドロイドを殺戮していると機兵隊から通報が入り、君も含め、彼らを向かわせた。
こちらが間違えなければこうはならなかったかもしれない…
奴が言っていた”阿呆”という言葉は本当だ。
本当に…申し訳ない。」
エルンスは椅子から降り、床に頭を擦り付けて土下座した。
ラゼルは黙って困惑するが、その間もエルンスは顔を上げずにずっと土下座している。
「し、しょうがないよ。
アイツはもう始末した…。顔上げて。
被害者の遺族にはこの事伝えたの?」
「ああ、やられてしまった機械のアンドロイド達はコアが残っている者は修理して復活させて、
生体アンドロイドの遺族は、被害者の身元が特定でき次第、親族と直ぐに合わせてあげたよ。
今回のこの件、可能な範囲で報道してもらった。
あぁ、あと…」
エルンスは立ち上がって椅子に座り、ラゼルの方を見て言う。
「機械のアンドロイドは、オアーエヴァンデバイスを付けていなくても、コアが視界を映像として記録しているんだ。
それだけでなく、そのアンドロイドの記憶や、異常が現れた際も、それらのデータをすべて保存している。
それで、君が始末して転送してくれたグレイドのコアでまた一つ、安全性が高まったよ。」
「…と言うと?」
「ガーダが1体でも正常なアンドロイドを嗜虐的且つ意図的に殺していたら、
それを感知したコアにより即座にそのアンドロイドは機能停止し、
此処に転送されるよう、レツェノイルのガーダ全てを修正した。」
「おおー!!!」
「これで、もうこのような事が起こらなくなればいいが…
あ、あと!
グレイドと戦って、どうだった?
何か感じたか?」
「破壊神より強かった。
うちに怪我させたの、シエルトハイダでタイマンした時の力神以来だよ。」
「ほ〜う!?」
エルンスはテーブルに両手をドンと付き、ラゼルを見ながら驚愕した。
「そうか、それは驚いた…
異常が発生すると戦闘能力が変化するのか…?
う〜ん…なるほど…?
いや、でも…
姿神様がお怪我をされる程高い戦闘能力は危険か…
わかった、教えてくれて有難う。
貴方じゃないと、機兵隊を先に行かせていても全員やられてしまっていたかもしれない。
…有難う。
今日はもう帰っていいぞ。」
ラゼルはエレベーターに乗り、ドアの方へ振り返る。
エルンスはエレベーター前まで行き、笑顔で手を降って見送った。
それから数日後。
女の子は一人で部屋で留守番をしていた。
スマホで総長の位置を確認する。
(よし…まだ帰ってこないぞ…
今がチャンスか!?)
総長が女の子の位置から遠ざかっているのを確認して、
女の子は服はそのままで、姿神の姿になった。
やたらと耳と尻尾がモサモサしてムズムズする。
尻尾をサッと撫でただけで抜け毛が物凄い。
換毛期なので、ブラッシングをしたかったのだ。
アルティはブラシを取り出すと、左の尻尾をブラッシングし始めた。
モサッ、モサッ、
たった2回梳かしただけで、抜け毛が凄い。
モサッ…モサッ…
見た目は変化が無いのに、物凄い量の毛がどんどん抜ける。
禿げるんじゃないか?と不安にもなる量だ。
ブラシに引っ付いた毛を取る。
水色、黄色の毛が沢山ついている。
アルティは引っ付いた毛を取り除くと、また左の尻尾をブラッシングする。
モサッ、モサッ、
アルティの横にどんどん抜けた毛がフサフサと溜まっていく。
「…えっ…」
アルティは後ろから聞こえた声に驚き、ビクッとする。
冷や汗が一瞬にして溢れ出る。
恐る恐る後ろに振り向く。
総長が帰ってきていた。
「ッッッ!?!?」
総長はアルティを見つめて口が開いたままで、唖然としていた。
「お前…いや、貴方様は…」
「畏まらないで!」
アルティは振り返るのをやめて正面を向くと、俯いて総長に訴えた。
「で、でも…」
「いつも通りでいい!呼び捨てでタメでいいから!」
「…わかったよ。」
総長はアルティの横へ歩み寄り、腰を下ろす。
「大先輩…だったんだな」
「逆に、今までおかしいと思わなかったの?
今さっきまで基地にいたのに、あいつの姿見ないな とか…」
「…言われてみれば、確かに…
お前はバッジ持ってなかったのに、アンヴェーダからお前に渡すように言われた時、金だったもんな…
お前がいきなり金バッジを貰ったのって、アルティだったからか!」
「そうだよ!」
アルティは顔を顰め、飽きれた感じで強く言った。
「何してたんだ?」
「換毛期で抜け毛が凄いからブラッシングしてたの」
総長は、アルティの横に鎮座した毛の塊に手を触れた。
それはフワッフワで、マフラーにしても、耳当てにしても暖かそうだ。
「それ全部左の尻尾から抜けたやつ」
「これ全部が!?それ、手伝おうか?」
「いいの?じゃあお願い
左の尻尾以外はまだやってないから」
「じゃあやってない所ブラッシングするな」
総長は右の尻尾と両耳をブラッシングし始めた。
モサッ、モサッ…
モサッ、モサッ…
「お前…ってさ、いつからハキアマーダー界にいるんだ?」
モサッ
「セレスティア様の次に長くいるよ」
「えっ!?!?
じゃあ私より10億歳は年齢上なのか!
母さんとお前だけの時があったんだな。
どうだった?」
モサッ
「あの時はなんとも思わなかったけど、
今思うとめちゃくちゃ淋しいなって。
カウィが生まれるまで、ず〜っとセレスティア様とあの3人だけなんだもん。
淋しかったよ。」
モサッモサッモサッ、
「そうなのか…」
「でも今はたっくさん民が増えて、
シエルトハイダに住む他の神々もあの時より増えて、
あの時程の淋しい思いはしなくなったよ。」
モサッモサッ
「良かったな。2人ぼっちじゃなくなって。」
「うん♪」
モサッモサッモサッ…
「なあ、見てみろよ
毛がすごいぞ」
総長はアルティの横に鎮座する毛の塊を指差す。
その毛の塊は、体育座りするアルティの肩程まで積み上がっていた。
「気分はどうだ?」
「さっきよりスッキリしたよ!」
アルティは耳や尻尾を撫で回したり、尻尾を振ったりしてアピールした。
「よかった!
にしても、よくこんなに抜けてもハゲないよな〜
この毛は一体何処から出てくるんだ…」
「うちも知りたいよ」
総長は、抜けた毛を鷲掴む。
フワッ
「これは…
とりあえずヘクスレブラに持ってくか。
何かに使えるかもしれないからな」
其れにしても、こいつが大先輩だったなんて…
総長はアルティの顔を見つめる。
「ん、あ、お前って紋様あるんだな」
「うん あるよ、割と広範囲にある」
そう言ってアルティは裾や襟をめくって、紋様を見せた。
「逆に、お前に紋様が無いのはおかしいもんな!」
「見えないところはお風呂の時に見せてあげるね♪」
「よいしょっと…
お前の毛を預けてくるついでに夕飯買ってくる」
「いってら〜」
総長はビニール袋にアルティの抜けた毛をパンパンに詰め込んで、ヘクスレブラへ行った。
総長が外出して、自分だけになった。
耳を撫でたり、尻尾を吸ったり、
爪を切ったり、総長の現在地を確認したりして暇をつぶした。
位置がヘクスレブラから基地へ、基地内の食堂へ、そして部屋の前へ移動する。
「買ってきたぞ〜」
「おかえり〜」
総長はさっきより小さくなったビニール袋を握って帰ってきた。
そのビニール袋からは、とても香ばしくていい香りがする。
「お前ってさ、肉は好きか?」
「うん!この姿なら尚更!」
「ほう!お前にステーキ弁当買ってきたぞ」
総長はそう言って、
ビニール袋から大きな分厚い肉が乗った弁当を取り出し、テーブルの上のアルティの前に置いた。
弁当はまだ温かい。
アルティは弁当の蓋を開けて、箸でステーキを掴む。
鋭い牙が見えるくらい大きく口を開けると、それに齧り付いた。
ステーキを口の中に放り込むと、勢いよくご飯をかきこむ。
もぐもぐもぐ…ごっくん。
あーん…ガブッ!
アルティが美味しそうに大きな口を開けてステーキとご飯を頬張っている所を、
総長は口角を少し上げて、頬杖を付き、じっと眺めながら言った。
「牙鋭いな〜」
「よく言われる〜」
夕食を先に食べ終わったアルティは、先にお風呂に入って、総長が脱衣所に行く頃には出ていた。
飲み物を飲んでいると、総長がお風呂から上がってきた。
「おまたせ。
歯磨きは済ませたか?」
「もうやったよ」
「今日トレーニングやらなかったかわりに、明日は頑張れよ」
「うん〜」
ベッドに入る為、アルティが服を脱いで下着姿になる。
「おお〜、結構全身にあるんだな」
「でしょ〜」
「消していいか?」
「いいよ」
アルティはベッドに勢いよく入ると、総長は部屋の電気を消す。
部屋が暗くなり、ベッドサイドライトがほんわ。と暖色の明かりを優しく放つ。
でも、明かりを放つのはそのライトだけではなかった。
「お前の紋様、光るのか!?
光る紋様なんて、見るの初めてだ…」
ベッドに潜ったアルティは少し出てきてて、体を見せる。
水色の紋様がライトのようにほんわりと水色の光を放っていた。
「パッと見は綺麗だけど、うちからしたらデメリットでもあるんだよね…」
「ああ、その神の姿だと紋様が光るから暗い場所では活動しにくいのか」
- 「うん。ラゼルの時より光るから、
この紋様の光がどうにかなればいいんだけど…」
「普通に上から服着ればいいんじゃないか?」
「いや、うちの紋様の光、服貫通するんだよね
何枚重ねて着ても無意味」
「えっ!?
その光って制御できないのか」
「勝手に光るんだもん
できないから悩んでるんだよ」
「…まあ、今度じっくりあいつらに相談すればいいさ
おやすみ。」
「うん。おやすみ…」
翌日の朝、アルティはラゼルに姿を変え、総長より早く起きる。
ラゼルはトレーニングを行う仮想空間へ行けるポッドが並んだ部屋に来た。
十数基ならんだポッドのいくつかは使用中で、空いているポッドに入る。
(もっとトレーニングしなきゃ)
ラゼルは、破壊神では苦労しなかったのに、
ただのそこら辺のガーダアンドロイドのグレイドに怪我をさせられて憤慨していた。
(うちはこの世界で一番強くないといけない。
ただのガーダに、負けてたまるか!!!)
ラゼルはポッド内にあるパネルで、
魔物を数万体まで増やし、
魔物の速度を時速100キロに、
攻撃力をMAXまで上げた。
この設定が反映された仮想空間は、嘗ての闇影大戦の倍以上。
もしこの設定した強さの魔物が下界を蔓延れば、一瞬で滅亡するだろう。
どんなに怪我をしても、生きてさえいればいい。
ラゼルは仮想空間に行った。
勢いよくポッドから出ると、あの時に怪我をさせられた組み合わせで両腕を変形し、
約800トンの両腕を高速で振るいながら、魔物よりも3倍早い速度で戦場を駆け、魔物を薙ぎ払う。
瞬き厳禁の、全ての魔物が超怪力で高速。
地獄を極めたディストピア。
やはり魔力でできていない所は、最硬級のガミダハルコンでも傷がちまちまと付いてしまう。
自分に襲いかかる全ての攻撃がとんでもない力だ。
少しずつ傷つきながらも雑魚を残らず薙ぎ倒し、ボスまで辿り着く。
体長が10km以上のボスも、設定が反映されていつもの倍以上早く動き、ラゼルに襲いかかる。
最後の敵ならちまちま殴るより、強い一撃を与えて直ぐに倒した方が、街や民、世界が受ける被害が少なく済む。
ラゼルは、左腕のレイガンをブレイドに変形させ、
それぞれのブレイドを反対の下から、思いっきり斜め上へ振るった。
トゥリメンダ・ラゼレイドクロス
左右のブレイドから2つの赤い巨大な斬撃がボスに襲いかかる。
ボスの低く大きい嘆きの声が大地に轟くと、ボスは蒸発していった。
ボスを倒すと、ラゼルはポッド内に転送され、体中の傷が元に戻った。
ラゼルはポッドから基地へ帰還し少し休憩する。
「あまり無理はしないでね」
管理人が声を掛ける。
「うん」
ラゼルは管理人の顔を一瞥し返事をすると、ペットボトルを手に取り、飲み物を口の中へ流し込んだ。
アンドロイドだから渇きなんて無い筈なのに、何故か手に取り口に含んでしまう。
飲み物を流し込んだ後は飴を一粒口に放り込み、無くなるまで舌の上で転がした。
飴が溶け切ると、ラゼルはまた同じポッドに入り仮想空間へ行った。
仮想空間へ行った後もまた両腕を変形させる。
神でもなんでもないただのガーダから受けた挑発…煽り…
未だに消えない奴に対した強い憤りを抱えたまま、
高速の魔物共目掛けて走っていった。
破壊神のような者の誕生や闇影大戦のような異変は、いつ起こるか分からない。
其れまでに、誰よりも強くならないといけない!!!
誰にも負けてたまるか!!!
回数を重ねる度、体に付く傷が減っていく。
仮想空間でのトレーニング、どれくらいやっていたんだろう…
ポッドを出てから超怪力で高速になった数万体の魔物とボスを倒すまでの時間が少しずつ縮まる。
ボスを倒し、ポッドから基地へ帰還すると、ラゼルはオアーエヴァンデバイスで日付と時刻を確認する。
「ッ!?」
いつの間にか、あれから3日経っていた。
少し、体を休めるか。
気がつけば、3日間ずっと戦いっぱなしだった。
ラゼルは部屋へ戻る。
「おかえり。飯は冷蔵庫の中に入れてある。
風呂も沸いてるからな」
「うん」
ラゼルは冷蔵庫の中にある弁当を温め、食べ終わると体を洗い、数十分間湯船に使った。
風呂から上がると、総長が心配していたのか、ラゼルに問うてきた。
「あれからずっと何をしてたんだ?」
「仮想空間でトレーニングしてた」
「するのはいいが、あまり無茶しすぎるなよ
冷凍庫に、お前が好きそうなアイスを入れてある」
「じゃあ食べる〜」
ラゼルは冷蔵庫からソフトクリームアイスを取り出し、食べ始めた。
アイスを食べ終わると歯磨きし、ベッドへ入り、直ぐ様寝落ちた。
コト…
硬い何かをテーブルに置く音が聞こえる。
「っ……」
ラゼルは目を瞑ったまま、両腕や両足、体を伸ばした。
「起こしちゃったか?…」
総長は小声で言った。
ラゼルはむっくりと起き上がる。
「おはよう。
あの日の夜から明後日の朝まで、ずっと寝てたぞ
相当疲れてたんだな
丁度朝飯を用意してたところだ
お前のも持ってくるよ」
「ん〜…」
ラゼルは眠そうな顔のまま洗面所へ行き、顔を洗う。
冷たい水がラゼルの顔を刺激する。
パァッ!!!
さっきまでの眠気が嘘のように、ラゼルから吹っ飛んだ。
ラゼルが顔を洗い終わりリビングへ戻ると、総長はラゼルの席に朝ご飯を置いていた。
「目が覚めたか」
「うん!」
朝ご飯は…食堂から持ってきたんだろう。
トレイの上に器が4つほど置かれている。
ラゼルは用意されたご飯を口の中に入れた。
朝ご飯が食べ終わって歯磨きを済ますと、部屋を出ようと出入り口の扉の前に入った。
「待て、何処に行くつもりだ?」
「トレーニング場だよ」
「確かにあの時は習慣にしてくれとは言ったが、無理してまでやれとは言ってない
少しは休んだ方が…」
「でも、ずっと部屋でゴロゴロしてるよりはマシじゃない?
ぐうたらしてたら折角のトレーニングが水の泡になりそうで厭だから」
「…気をつけろよ」
ラゼルはいつものトレーニング場に行き、1100トンのダンベルを管理人から受け取ると、外に出て、
両手に握ったまま全力でグリューンを何周も走った。
あれから学び、1時間経つ毎にオアーエヴァンデバイスが通知するようにした。
トレーニングに夢中になっていても、1時間毎に来るデバイスの通知が現実に引き戻す。
(もうすぐ夕方か…そろそろ帰ろう)
ラゼルはダンベルをトレーニング場の管理人に渡し、総長の部屋へ帰った。
「おかえり。
これから夕飯を買いに行こうとしてた所だ。
折角だし、お前も来るか?」
ラゼルは総長の後を付いて、食堂に行った。
食堂は夕飯時だからか、沢山の戦士達が居た。
ある戦士はご飯を食べ、あるアンドロイドは食べている姿を見ながらお喋りしている。
噂の幹部と総長の2人が揃って食堂に来たことで、食堂中がざわめく。
総長はカゴを取ると、ラゼルも手に取る。
総長は今日の夕方に食べる弁当をカゴに入れた。
ラゼルは今日の夕飯の弁当だけでなく、
ポッド内やポッドがある部屋で休憩時に取るシリアルバーや飲み物が入ったペットボトルをカゴに沢山入れた。
弁当の上に沢山シリアルバーが乗っかる。
それを見た総長は呆れる。
(まだまだやる気だな…)
2人は会計を済ませ、総長は弁当をビニール袋に、
ラゼルはカゴの中身を全てデータにして躯体に収納した。
「お前はいつもそうやってるのか」
「うん。これなら手が塞がらないし、期限も気にしなくていいから楽なんだよね〜」
2人は部屋に入るとそれぞれの席に付き、弁当を取り出しテーブルに置いた。
「「いただきます」」
2人はいつもの様に夕飯を食べ、入浴し、
寝支度を済ませてベッドに入って寝た。
次の日。
朝食を食べ終わり総長は家事をしていると、
ラゼルはいつもと違う事を総長に尋ねた。
「あのさ、エーアストにお出かけしてきていいかな?」
「ん、レツェノイルではなくて か?」
「うん
出張の時みたいに」
「うーん、まあ、
何処まで行くつもりなのかは知らんが、
ノマーシー・ウォー・デイには参加しろよ」
「うん!
なんかあったら連絡するね
じゃあ行ってくるね〜」
そう言うとラゼルは部屋を出て、グリューンから旅立った。
総長が息子とグリューンで過ごしていると度々ラゼルから通信が入る。
今何をしてる とか、今何を食べてる とか、
楽しそうに、時には少し悲しそうな声で報告が入る。
ラゼルが帰らないまま夜が来て、一夜明け、
また夜になる。
通信は無い日があれば、沢山ある日もある。
ずっと一人で過ごしている時間が多くなるにつれ、寂しさを強く感じる。
一人で出る時はオアーエヴァンデバイスのスキャン範囲外よりも外は行ってはならないとルールがあるから大丈夫だと思うが、通信が無い時は不安になる。
総長はベッドに横になる。
いつもなら女の子が寝ているベッドの左側には誰もいない。
そこに左手を伸ばす。
総長は、寂しい気持ちを抱えたまま眠りについた。
今日はラゼルがグリューンから出ていってから2週間になる。
15時、息子と部屋で過ごしていると、突然ラゼルが笑顔でワープして帰ってきた!
「破壊神倒してきたよ〜!」
ラゼルは遠征正装のまま部屋に帰宅した。
が、左前腕に傷がついていた。
ラゼルが怪我をしている所を見たことが無い総長は驚いた。
「これはどうしたんだ!?何があったんだ!!!
余程のことがない限り怪我なんてしないはずなんだが!?」
「あったんだよ!余程のことが!!!」
傷口周辺がラゼルの魔力エネルギーで赤く染まっていて、中が剥き出しになっている。
ラゼルは顔を顰めて左前腕の傷を右手で覆う。
そういえばアンドロイドは機械の腕でも感触を感じ、痛みも感じるんだっけか。
「と、とりあえず直してもらえ
詳しい事情はお前が直してもらってから聞くから」
ラゼルは左前腕の傷を抑えながらヘクスレブラに行った。
数時間後、腕を直してもらったラゼルに総長から通信が入った。
「総長室で待ってる
準備ができたら来てくれ」
ラゼルは総長室へ向かった。
総長は真ん中にある椅子に座り、ラゼルを待っていた。
「来たか
お前に何があったか聞くより、デバイスが記録した映像を見た方が早いな
どのくらいからあったんだ?」
「んー…1日くらい戻ればいいんじゃない?」
総長は目の前にある水色のディスプレイでラゼルの映像を確認する。
あれは、ラゼルがある惑星に降り立つ直前から始まっていた。
「おい、ここ見ろ」
総長は映像を止め、スロー再生に切り替えると指を差した。
「ここで火災が起きてビルがいくつも倒れている
何かが火炎放射を放っているのも見える」
「本当だ!気づかなかった!」
「でも、この惑星での仕事は無い筈だ」
「…」
総長は映像を再生する。
何十もの小さな鳥のような生き物がその地を支配していた。
ラゼルが公園で休憩していると、遠くの方から悲鳴が聞こえてくる。
ラゼルは飲み物を飲むのをやめ、建物の屋根や屋上を伝って急いで現場へ向かうと、
そこでは紫色の鳥のような生き物が怒りの形相で暴れていた。
戦闘している所を見進めると、その鳥のような生き物は既視感があるものへと姿を変えた。
「ッ!!
こいつ、ラディーレンか!!!
死んだ後、この惑星で住人として転生したのか」
「うん
でもこいつ、転生しても強さは変わんなくて弱いままだったよ」
「こいつを弱いなんて言えるのお前だけだと思うぞ…
こいつは不死身の奴らをも殺せる程の凄まじい破壊能力を持っているのに、
なんでお前はこんなやつを目の前にしててもヘラヘラできるんだ…
お前には魂滅術が効かないのか?」
「まあ、姿と形を司る神だしね〜
殺そうとしても無駄なだけ。
服だけじゃなくて自分の姿も自在なんだよ?」
「映像はここまでか。
この後はどうしたんだ?」
「魂滅術で破壊神の魂を消し飛ばしといたよ!
これからはもうこんな事は起こらないはず!」
ラゼルはその後の状況や自分がやった事を当たり前のように説明する。
(魂滅術…
なんでそんな物騒なもん使えるんだ…)
総長は経緯を理解すると、ラゼルの口座へ相応の報酬を振り込むようヘクスレブラへ伝えると言った。
「腕はもう大丈夫か?」
そう言う総長に、ラゼルは左前腕を前に出して見せた。
「うん!もう全然平気だよ!」
ラゼルは左腕を戻し元気に返答するが、
総長は浮かない顔をしている。
女の子は様子が気になり、どうしたのと尋ねた。
「UMであるべきなのは、お前の方だ。」
女の子は驚く。
「私はお前みたいに身体能力がずば抜けて高いわけじゃない。
前みたいに、突っ立って雷放ってるだけでUMなんだ。
ロートッサを殲滅したのは半分以上がお前だ。
もし私がナルと一対一で対決したらどうなると思う?」
ケラヴノスは、身体能力は無視して魔法の強さだけを見られて最高階級になったのが気に食わなかった。
対して女の子は、嘗てあらゆる神々が怯えて対抗できなかった破壊神をも木っ端微塵にする程の身体能力と強大な魔力を持つ。
ケラヴノスは、自分ですら太刀打ちできなかった破壊神を木っ端微塵にした女の子の魔力の強大さと身体能力の高さを羨望していた。
自分より強大なのに自分より下位で留まっている女の子が気になっていた。
「突っ立って雷放ってるだけで敵団の半分も殲滅できちゃうからじゃない?
あと、総長は最高階級のテストを受けて合格したからUMなんでしょ?
うちはまだそのテスト、面倒で受けてないもん」
自分の実力と階級が釣り合っていないと女の子に不満を言ったが、女の子の一言で悩みが吹っ飛んだ。
「総長とナルが対決しても、秒で雷でダウン取れちゃうよ
もちろん、本当はUMのテストも魔法力と身体能力と戦闘能力の3つの合計で見るんでしょ?」
「あぁ、だからおかしいんだ」
「”総長”だからだよ。
リーダーだからUMであるべき、
リーダーなのに下位でいるのはおかしい
って思って。
うちはUMの条件は満たしてるけど、リーダーシップ無いし、上手く判断できる自信が無いもん。
総長は本当は身体能力は劣るけど、
うちの親友が虐められるところは見たくないから…
あと、総長は不死身だから、結局雷で蹴散らせば無敵だよ」
「私をUMにしたのお前なのか…」
ラゼルは黙り込んだ。
総長より自分の方が強いのに、何故か総長より下位に留まっている。
総長が言っている事はほぼ正しい。
でも、複雑な気持ちや事情があり、UMになろうとは思っていなかった。
UMどころか今居るMSですら、自分以外のソルダーは未だに到達したことが無く、今ですら戦士達に驚かれてるのに、
幹部とはいえ、パッと見だだのソルダーがUMになんてなっていいのだろうか…
UMになる事により、今までにはなかったデメリットが発生したり、事件に巻き込まれたりしないのだろうか…
ただ怠惰なだけという訳では無い。
本当は様々な理由があるが、それっぽく流しておこう。
「うーん…
まあ、いろいろめんどいから
このままでいいかな!
総長も、別にそんな細かいこと気にしなくていいよ」
「…本当にいいのか?」
「大丈夫だよ!
一般のハキアマーダー人じゃなくて、うちと同じくこの世界の創造に関わった神様なんだから、シャキッとしなきゃ!」
「それをお前が言うのも違和感だが…」
総長は俯いたままクスッと笑った。
「うちの身体能力と戦闘能力、総長の判断力があれば丁度良かったんだね
総長も、うちみたいにトレーニングすればいいんじゃないの?」
「いや、私は…コレが邪魔で…」
総長は胸部についた大きな乳袋を抱く。
ラゼルは少しだけ眉間に皺を寄せる。
「贅沢な悩みだね〜…
もしかして、戦闘の時あまり走ったりしないのって、お☆ぱいがデカくて邪魔で鬱陶しいからなの?」
「まあ、そうでもある。
母からの遺伝だから仕方がないが…」
「かぁ〜…」
ラゼルは憎しみを含んだ一声を漏らした。
「別に、自慢で言っている訳じゃない!
これだけのサイズだと、普通に生活を送るうえでもデメリットになるんだ。
なんなら、デメリットの方がデカい。
あいつに授乳するだけなら、こんなにデカくなくていい。
リディスと違って何故か私ら属性姉妹は経験の有無に関わらず母乳が出て、常にパンパンに張ってて辛いんだ。
だから、寝返りも一苦労なんだ。
スリムなお前が羨ましい。」
総長の悩みを聞いたラゼルは、眉間に寄せた皺を消した。
「…じゃあ、しょうがないね…」
「あと、2回もこんな危険な奴と戦わせてしまって済まない。
お前以外の不死身の神は、コイツに太刀打ちしても直ぐ様殺されてしまう。
どうしても、お前に頼ることになってしまうのが申し訳ない。」
「いいよ〜
破壊神は違うけど、影神は神の遊びと怠慢で起きたから、次からは気をつければいいだけだもん。
もう魂滅しといたし、当分はこんな事は起こらないだろうし。
もし次もまたあの時みたいな事が起きたら、それまでにはもっと強くなっておくよ」
「ああ。」
2人は虚空を見たまま黙り込む。
総長室を静寂が包み込んだ。
「ねえ?」
「なんだ?」
「報酬は…いらない。
大金なんて貰っても嬉しくない。」
「でも、私らがお前に用意できるせめてものお礼だ」
「いや、いらない。
この世界の滅亡に関わる大事じゃん
世界を救ってお礼にお金を貰うなんて、そんなの厭だよ。
ご褒美は、自分でショートケーキとかなんか買うよ。」
「そうか…わかった。
お前が怪我をして帰ってきた経緯がわかったからな。」
総長は座るのをやめて椅子から立ち上がり、総長室の出口の方を向いた。
「怪我したの、あれは初めてじゃないよ
もっとデカい怪我したことあるよ
左腕少し切断したりとか…」
「え!?」
「うちが外でなんかやってる時に限って、なんでいっつも映像見てくれて無いの〜!?」
「ごめんごめん!今度からはお前が留守の時は見るようにするよ!」
そう言いながら、2人は総長室を後にした。
それからラゼルは変わらず暇な時間をトレーニングに費やす。
ダンベルを握ってグリューンを何十周、仮想空間で超高速で超怪力の100万体の魔物を掃討する。
体に傷を負う事はほぼ無くなった。
ただ、ポッドで設定できるMAX設定でも物足りなくなってきた。
管理人に、もっと上まで設定できるようにしてほしいと相談したら驚かれた。
次のノマーシー・ウォー・デイまでにはできるようにすると管理人から聞くと、ラゼルの顔はパッと
明るく、笑顔があふれた。
ある日、ラゼルが一つのショートケーキを抱え、トレーニングから帰って来た。
「ふふん♪」
「ケーキ前にも食べてなかったか?」
「10km更新したからうちにご褒美のケーキだよ」
「10km?何がだ?」
「最高速度を10km更新する度にうちはご褒美でケーキを食べることにしたの」
「ほう、じゃあ今はどのくらいまで行った?」
「380kmだよ!
390kmになったらうちはまたケーキを食べる」
(とても女の子が出せる速度じゃない…
とんでもないな…)
それから暫く月日が経った頃。
総長がキッチンで飲み物を入れ、リビングに戻ると女の子が俯いている。
「どうした?」
